07.きっと守れない約束

「マリー、こっちだよ!」


 そして、手を繋いでもらってジェフに連れてこられた果てに、大勢の人で賑わう、巨大な桟橋が見えてきました。それは海へと伸びた道。街のどこよりも花で飾られた美しい舞台。幼い子供達が、一生懸命にダンスしながら舞台を進んでいきます。


 花桟橋祭りです。ようやく子供達が、桟橋の果てにある植物園に辿り着きます。ガラスの宮殿にも思えるその前で、子供達が色鮮やかな薔薇を受け取れば、観客たちはわっと声を上げ拍手を捧げます。青い海もざぶんと波打ち、祝福に輝きます。


 いつもは海から見ていたお祭りですが、地上から見るとより美しく、マリーは息を呑みました。だってこんなに花で飾られていたなんて、下から見ていたのだから、知らなかったのです。まさに花の道。その中をくるくる踊りながら進む姿は、本当に幸せそうで、見ているこちらも幸せになります。


「すごいわ! ジェフ、これが花桟橋祭りなのね!」


 と、次に桟橋を渡るのは、男の子と女の子のようです。ちょうど、マリーとジェフと同じ年頃のような二人です。

 桟橋に立った二人は、少し顔を赤くして、お互いを見つめ合います。それでも手を取り合えば、ゆっくりと踊り始めました。少しぎこちない動きに「落ちるなよ!」という声が飛んできます。


「頑張れ! あともう少しだ」「いいわ、とっても素敵よ!」


 太陽が照らす中、二人はしっかりと進んでいきます。風が吹けば色鮮やかな花弁が舞い、あたかも二人を押すかのように、包みます。


 やがて二人がゴールして、多くの拍手と、祝福の言葉が響きます。

 なんて素敵なのでしょうか。マリーはもう言葉を失っていました。植物園の前でもらった薔薇を交換する二人は、とても幸せそう。


 思わずマリーはちらりと横を見ましたが、ジェフはこちらを見ておらず、ただ桟橋の先にいる二人に笑顔と拍手を送っていました。


 だからマリーも、何も思わなかったことにしました。

 ここまでジェフにしてもらって、それ以上を望むなんて、きっと、自分はわがままですから。ばちがあたってしまいます。


 やがて日が傾き始め、今日の花桟橋祭りは終わりを迎えました。このお祭りは、あと三日間続きます。まだ桟橋に残る人々がいる中、マリーとジェフは帰ることにしました。

 その途中で。


「ジェフ、この植物、お花がないわ」


 裏路地。ここが近道なんだと言ったジェフと歩いている最中でした。鉢植えが飾られていることに気付いて、マリーは足を止めます。


 それは低木の鉢植え。青々とした艶やかな葉が茂っています。けれども、他の植物みんなが咲かせているような花は一つもないのです。


 マリーはなんだか不安になってしまいました。ここは人通りのない裏路地で、夜も近づき暗くなる中、この植物はどこか調子が悪いように思えたのです。


「ああそれはね、この時期には花をつけない植物だよ」


 ジェフが少しかがんで植物を見ます。


「お花をつけないの?」

「そうだよ。この植物は、秋に白い花を咲かせるんだ……君の髪の色みたいな」


 マリーは不思議な気持ちになります。春という、この温かで幸福な季節。だからこそ、全ての植物が花を咲かせるのだと思っていましたが、どうやら違ったようです。


 そして街があんなにも賑わっているのに、花も咲かせずこの裏路地にいる植物に、どうしてか、親近感を覚えてしまいました。街道に視線を向ければ、多くの人々が楽しそうに行き交う様子が見えます。しかしここは静かで、植物は静かに佇んでいて、まるでお祭りを見ているだけだったクラゲの自分のようです。


「ねえマリー。もしよかったら、秋もおいでよ」


 寂しさを思い出していると、つと、ジェフが口を開きました。


「コラリリタウンの花は、春ばっかり注目されるけど、秋だって綺麗なんだ。この花も咲いたら綺麗なんだ」


 マリーは。

 うん、と笑顔では、頷けませんでした。


 だって。無意識に胸元のターコイズに手が伸びます。見れば、その美しかった青色が、ぼんやりと色褪せてきているように思えました。裏路地で薄暗いから、という気のせいではなさそうです。


「行けたら、行くわ」


 そう答え、ちらりとジェフを見れば、彼は微笑んでくれました。けれどもどこか寂しそうで。


「ううん、きっと、絶対、行くわ!」


 マリームーンが「マリー」でいられるのは、この数日だけなのに。

 絶対に、なんて。絶対に無理なのです。マリーはまた嘘を吐きました。守れない約束をしたも同然で、胸中にもやもやが渦巻きます。


 二人は再び歩き出しました。


「そうだマリー、これも、もしよかったら、なんだけど」


 突然、そろそろとジェフが振り返ります。


「花桟橋祭り、参加しない?」


 ジェフの、どこか消え入りそうな声。えっ、とマリーは歩みを止めてしまいます。

 ジェフはそっぽ向いて、しかし続けました。


「花桟橋祭りは、絆のお祭りだからさ。もし絆を結べたのなら……秋にまた、会えるかなって」


 風が吹いて裏路地まで赤い花弁を運んできました。マリーの月色の髪を撫でていきます。

 秋を待つ低木も、優しい風にさわさわと揺れていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る