06.楽しいお祭り
翌日、開店前。
一日ですっかり仕事を覚えたマリーは、歌を歌いながら店の掃除をしていました。今日もお客さんがいっぱいくるはずです。お店を綺麗にしなくてはいけません。お店には、まだ他の従業員はいませんが、マリーは一人でお掃除です。テーブルの下、ホールの隅まで掃いて、今度はテーブルをぴかぴかに拭きます。
エプロンのリボンをふわふわと漂わせ、ステップを踏むように仕事する彼女は、まるで踊っているかのようでした。テラス席の欄干に並んでいた鳥達が、マリーの歌にあわせてさえずります。
「おはよう鳥さん! 今日も素敵な朝ね!」
海はきらきら輝いて、漁から帰ってくる船はまるでおもちゃのようです。お店から見える外、徐々に人影が増えていきます。
お店からは花桟橋祭りの行われる大桟橋ガーデン・ピアも見えます。遠く、それこそおもちゃのようですが、もうすでに沢山の人が集まっているようです。今日も素敵なダンスが行われるのかしら、とマリーは眺めます。そういえば、ジェフと一緒にいけたのなら、なんて考えていましたが、それはとても難しそうです。お店はとっても忙しいのですから。
でも、こうしてジェフの手伝いができることは、マリーにとって嬉しいことでした。
朝日に照らされる中、マリーは目を細めずに、その温かな光を浴びます。爽やかな海風が月色の髪で遊んで流れていき、胸元のターコイズのペンダントも揺れます。
このままでも悪くないな、とマリーは思いました。このまま、人間のままで。そうしたらもっとジェフの近くにいられるし、こうして手伝いだってできる。
それに、本当に人間になれたのなら「人間のふり」なんてしなくていいのです。
少しだけ、ほんの少しだけ嫌な感覚がして、マリーは掃除に戻ります。いつまで自分は人間のふりをしていたらいいのだろう、なんて考えてしまったのです。いつまで自分はジェフに嘘を吐いていればいいのだろう、なんて。
「おはようマリー! 早いね!」
しばらくして、ジェフが上の階からお店に降りてきました。ふわふわと踊るように仕事をしていたマリーは微笑んで「おはよう!」と返します。
「お掃除、もう終わってる! すごいね! ああ、いま朝ご飯作るね!」
まかないを作るのも、ジェフの仕事の一つでした。キッチンの奥のテーブルに、朝食が並べられます。パン、サラダ、スクランブルエッグ、とれたての魚のムニエル、スープ。
「ジェフって、お料理本当に上手ね!」
ジェフの作ってくれる食事が、マリーは大好きになっていました。もちろんフラワーナイト名物のパンケーキだって好きですが、こうして自分のために作られた朝食の方が、より好きになっていました。
「ありがとう、マリー」
二階の宿屋に泊まっている他のお客さんにも食事を出して、ジェフもようやく朝食です。お店の開店まで、あと少し。ちゃんと食べて今日の仕事に備えなくてはいけません。
「そうだマリー、今日のお仕事は、午前中だけでいいよ。朝も、こんなに仕事してもらったし。こんな時期なのに、僕もゆっくり朝ご飯が食べれたよ」
二人での食事の最中、ジェフは急に言い出しました。
「午後は観光に行っておいで! 君は、本当は観光に来てたんだから、ずっとお店で働いてるのはもったいないよ!」
「いいの?」
「もしよかったら、僕が案内してあげる。昨日、助けてもらったし、今朝だってこんなに働いてもらったし。お店の方も、今日は僕じゃなくて、花桟橋祭りの手伝いに行ってた父さんが一日戻ってくるんだ」
ジェフと一緒に街を歩ける! 喜びのあまり、マリーは立ち上がって勢いのまま手を胸の前で組んでしまいました。
午前は精一杯働いて、いよいよ午後。エプロンをはずしたマリーは、ジェフに連れられてコラリリタウンの賑わいへ繰り出しました。
淡い珊瑚色の街コラリリタウン。日の光に当たれば、その珊瑚色はより鮮やかに、そして空と海の爽やかな青色と相まって、まるで絵本の中のような風景を作り出します。風が吹けば色鮮やかな花弁が舞っていて、人の賑わいの中、常にどこかから愉快な音楽が聞こえます。
「この時期は本当にお花でいっぱいね!」
花桟橋祭りの時期、街は至る所が花で飾り付けられます。お店が花で飾り付けられるのはもちろん、花を模した形の街灯も蔓草と花であしらわれ、家々の扉にはリースが飾られます。それだけではなく道の脇にはいくつもの鉢植えが並べられ、道端では切り花を配る人だっています。黄色の花をもらったマリーは、すぐ近くの人が髪に飾り付けているのを見て、まねしてみます。苦戦しているとジェフが手伝ってくれました。
「ちょっといい? はい! どう?」
ジェフが服屋のショーウィンドウを指さします。花柄のドレスが飾られた中、ガラスには可愛らしく花飾りをつけたマリーの姿が映っていました。
「ありがとうジェフ! あら、ジェフのお花、あっちを向いちゃってるわ」
ジェフはもらった花を胸ポケットに入れていましたが、黄色の花はまるで拗ねているかのようにそっぽ向いていました。その花をマリーが直せば、ジェフは「ありがとう」と微笑んでくれました。
「このお花、初めて見るわ。とってもかわいいお花ね」
「これは山の方で咲く花だよ。この時期だから、持ってきてくれたんだろうね」
これまでに、マリーは沢山の花を見てきたつもりでしたが、世界にはまだまだ沢山知らない花があるようです。
地上と人間の世界には、知らないものが沢山あります。露店に並ぶ様々なアクセサリー。可愛らしいお菓子。不思議なものもいっぱい。様々なパフォーマンスも、至る所で見られます。
海で集められた貝殻に、美しい絵が描かれているのを見つけて、マリーは目を輝かせました。海で生まれたその貝殻に、地上の風景が描かれているのです。それが何だが不思議で、けれどもぎゅっと世界を閉じこめたかのようで、マリーの心を掴みました。
「万華鏡」というものもみました。望遠鏡に似た形のものです。中には砕いた貝殻が入っているそうなのですが、覗いてみるときらきらと輝く世界が見えました。回してごらん、とジェフに言われ回してみると、そのきらめきは花咲くように新しい模様を作ります。なんだか、海の底からみた水面に似ていて、けれどもずっと綺麗でした。
ふわふわしたお菓子も食べました。「クラゲ雲」なんて名前で露店の人が売っていたもので、マリーはぎょっとしてしまいましたが、どうやらクラゲから作られたものではなく、お砂糖でできたもののようです。クラゲの傘に似た、棒に刺さった綿です。思い切って食べてみると、まさに雲を食べているかのようにふわふわで、甘くて、口の中であっという間に溶けてしまいました。まるで味のする幻を食べているかのようでした。
それから、人間の行うパフォーマンスも素敵でした。路上で行われる、演奏会。見たことのない楽器が、美しい音を奏で、メロディーを紡ぎます。軽快な音楽に、マリーは他の人に混じって手を叩いていました。
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