05.お店のお手伝い
フラワーナイトの二階の宿屋で一晩過ごして、翌日。
マリーはエプロン姿で店内にいました。最初、エプロンの付け方がわからなかったのですが、同じく店で働く人達に手伝ってもらいました。また掃除の仕方を教えてもらい、開店前のお仕事を完璧にこなしました。
お店が開けば、料理をテーブルに運ぶお仕事をしていきます。
「お待たせしました! お料理は、これでいいかしら?」
これならマリーにもできますし、彼女の微笑みに、観光客も地元の人もはっとしてしまいます。あるテーブルでは、地元客が通りかかったジェフを捕まえて「おい、あの子は一体どうしたんだ! あんなにかわいい子、名前はなんて言うんだ?」なんて聞いています。
マリーはすっかり人に溶け込んで、楽しく仕事をしていました。やはりクラゲのため、時折わからないことがあり、変な受け答えをしてしまいますが、それも可愛らしさとされ、気にされません。
またマリーも、わからないことを教えてもらうのはとても嬉しく思っていました。地上のこと、人間の生活のことはほとんどわかりません。優しい従業員や、賑やかなお客さんから教えてもらうこと、その全てがきらきらと輝いているように思えました。そしてマリーが喜び微笑めば、人々もその可愛らしい笑みに、つられて微笑んでしまうのです。
フラワーナイトは昨日よりもずっと幸福に満ちていました。マリーの噂を聞きつけて、さらにお客さんがやってきます。大忙しですがとても賑やかで、ジェフも微笑みマリーを見つめます。お店で働くマリーは、まるで踊っているかのようです。
「ジェフ! 荷物を持ってきたよ!」
しばらくして、お店の裏口に荷車がやってきました。いくつもの箱が積まれていて、荷車の主に呼ばれたジェフは、それを一つ一つ確認していきます。
「ジェフ、それはなあに?」
お皿の洗い方を教えてもらったマリーは、裏口の近くでせっせと仕事に励んでいました。クラゲですから、カニのような泡は出せません。しかしこの人間の作った石鹸というものは、こすればぷくぷく泡を生み出す、とてもおもしろいものです。これを使ってお皿を洗うと、お皿はまるで真珠のようにぴかぴかになるので、これもまたおもしろく、マリーは鼻歌を歌いながら皿洗いをしているところでした。
「料理の材料だよ、マリー。小麦粉とか、野菜とか、果物や魚も」
「たくさんあるのね! それ、お店に運ぶの?」
配達された荷物を確認し終えたジェフは、箱を一つ一つ、お店に運ぼうとしていました。マリーは皿洗いを中断して、彼の元へ駆け寄ります。
「大丈夫だよマリー、一人でやるから。それにこれは、重いんだ」
「でも沢山あるわ。私も手伝うわ!」
ふとマリーは思い出します。ジェフがちっとも休んでいないことに。開店前も、開店後のいまだって忙しそうにしています。マリーは少し心配になってきました。
箱の一つを、マリーは抱え上げます。何とか持ち上げたものの、その重さに思わずふらついてしまいます。フラワーナイトは海につきだしたお店。裏口のすぐそばにも海はあります。柵があるため、簡単には落ちないでしょうが、もし大きくふらついてしまったのなら、海に転げ落ちてしまうかもしれません。そうなったら、マリーは一体どうなってしまうのでしょうか。冷や冷やしながら荷物を運んでいきます。
やっと一つをキッチンまで運んで、マリーは次の荷物を取りに行きます。
「ごめんねマリー、大変なのに、手伝ってもらって」
裏口を出れば、すでにジェフが二つ目の荷物を抱え上げていました。
と、一歩踏み出した彼の足が、小石に引っかかってしまったのです!
ジェフは、転びはしませんでしたが、荷物の重さに振り回されるように、変なステップでふらつきます。マリーは駆け寄ろうにも、どうしたらいいかわからず、鼓動ばかりをはやくさせますが。
「ジェフ!」
ジェフが柵にぶつかりました。越えてしまえば海となっている柵です。ジェフの身体は、そのまま傾いて柵を越えそうになって、
「落ちちゃうわ! 危ない!」
自分でも気付かないうちに、マリーは駆けだしていました。ジェフの腕を掴めば、全体重をかけて陸側へひっぱります。
そのかいあって、ジェフは海に落ちずに済みましたが、二人とも勢いのあまり地面に倒れてしまいました。ジェフの抱えていた箱も落ち、タマネギやニンジンが転がり出ます。
倒れた衝撃で身体が痛むものの、マリーはすぐに起き上がりました。ジェフがそこにいることを確認して、安堵の溜息を吐きます。
「ジェフ……あなた海に落ちたら、泳げないんだから!」
ジェフもゆっくりと身体を起こします。ひどく驚いているようで、少しぼうっとしているように見えました。
「ジェフ?」
もしかして、倒れた衝撃で何かあったのでしょうか。急に怖くなって、マリーは彼の顔を覗き込みます。すると瞬きしたジェフと目があって、しばらく、そのまま。
ジェフの凛々しくもまだ子供らしさを残した瞳と、マリーの宝石のような海色の瞳。昼間の青空の下、海と太陽の輝きに、二人の双眸も輝きます。
「ジェフ?」
再びマリーが名前を呼んで、またずい、とジェフの顔を覗きこみます。その時マリーの白い手がジェフの手に触れて、心地の良い温もりが互いに伝わります。
「あ、ああ……ありがとうマリー、助けてくれて。びっくりしちゃった」
ようやくジェフが深呼吸しました。目を覚ましたかのように瞬きをして、つと視線を横に投げれば、頬を赤くします。
と、マリーも、ジェフの手に触れていることに気付いて、どきりとするものの、さりげなく離します。けれども人間になってはじめて、ジェフと手を重ねられたのです。こうも体温を感じてしまうと、彼女も顔をほんのり赤くさせてしまいました。海の中では、あらゆるものが冷たいのですから。
「ジェフったら、少し頑張りすぎよ」
誤魔化すようにマリーは微笑みましたが、その通りだと言った自分自身で思いつつ、立ち上がります。
「お店の人を呼んでくるわ! 二人じゃ大変だもの!」
地上に上がって、お店で働いて、マリーは一つ学んだことがありました。それは助け合うということ。大きなクラゲマリームーンはいつも一人。しかし人間は沢山いて、だからこそ助け合えるのです。
「そうだね、そうするべきだったね」
つられるようにして、ジェフも反省に微笑みます。それを見てマリーはさらににっこりと笑い、エプロンやワンピースについた土も払わず、お店に戻っていきました。
残されたジェフは、散らばってしまった野菜を拾い集めますが。
――あなた海に落ちたら、泳げないんだから!
はたと、不思議なことに気付いて手を止めました。
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