第17話

 ぐるりと朝の街を巡回して、セオドアは昨日入ったばかりの傭兵団へと顔を出した。

 リードとルドルフは先に来ているはずだ。


 建物の奥へとずかずかと進みながら、すれ違った男を適当に捕まえてリードとルドルフの居場所を尋ねた。

 相手は首を傾げていたが、黒髪の子供を連れた浅黒い肌の色男だと言うと一発で通じた。建物の裏手にある演練場へ向かったという答えだった。


 演練場への出口のところに禿頭とくとうに傷のある大男が立っていた。昨日の受付の男である。

 男はセオドアの姿を見ると「よお」と適当な挨拶を投げかけてきた。

「おう、昨日はどーも」

 セオドアも適当に挨拶を返した。

 大男は腕組みをして、出口の外を見る。

「セオドアっつったか。アンタが連れてきた奴は大したもんだな」

「リードか? まあ俺と組むぐらいだから腕はいいよ。性格は悪いけどな」

「いや……」

 そう言って大男はちらりとセオドアを見て、またすぐ視線を外に戻す。

 そうされるとセオドアもさすがに気になって、大男の横をすり抜けるようにして外へ出た。

 大勢の男達が大きな輪を描くようにして立ち、彼らの視線は中央へと注がれている。

 中央では黒髪の少年と髭面の男が対峙していた。


「やっと来たのか、セオドア」

 横から声をかけられたのでそちらを見ると、相棒が壁に背を預けて立っていた。

「リード、何だよこりゃあ。お前が付いていながら……」

「別に木剣での練習なんだからいいだろ」

「ロルはまだガキだぞ!」

 セオドアの言葉にリードは答えず、険しい表情で中央の二人を見ている。

「リード、お前なあ」

「絡んできたのは向こうが先だ。どうやら昨日の件を耳に挟んだらしくてな。何度も断ってんのに、しつッこいから、いざとなったら俺が助けるつもりで手合わせをさせた。……もう二人ちまったんだぜ。あの髭が三人目で、それで絡んできた連中は全部だ」


 周囲の歓声がリードに言葉を返すセオドアの声をかき消した。

 動いたのは相手が先。しかし速さはルドルフの方が上だった。

 ルドルフの剣が相手の剣を弾き飛ばすと、ルドルフよりもずっと体重があるはずの男の軸が揺らいだ。ルドルフはすかさず相手の脇腹を横から打ち付ける。防具の上からでも十分だった。男は呻き声すらあげず、剣を放り出して膝をついた。


「あの小僧に剣を教えたのはアンタかい?」

 禿頭の男がセオドアに近付いてきて尋ねた。

「いや、俺達はここに来る途中であいつを拾ったんだ。孤児なんだとよ。ホラ、五年前の南の方の戦争の。教えたのは……あいつの面倒を見てたって奴らしい」

 セオドアはあえてルドルフの過去をぼかして伝えた。他国といえど貴族とほんの少しでも繋がりがあったなどと吹聴せぬほうが少年ロルのためだ。

 禿頭の男は特に訝しんだ様子もなく、むしろ納得したようにうなずいた。

「ふうん、やっぱりありゃ我流じゃねえな。変な癖や無駄が無い。きちんと型を修めたことがある奴の動きだ。天賦の才は身体からだの方だな。柔らかくてしなりがいいし、何より腰が強え。俺もさっきから見ていたが、ちょっとやそっと打ち込まれたくらいじゃあ軸がぶれねえんだ。あの体格差でだ」

 男が感心している理由はセオドアにもよく理解できた。

 剣で攻めるならば押し切ること、守るならば押し負けぬこと。体勢を崩せば死ぬしかない。

 体幹がしっかりしている者は剣だけでなく、組打ちにも強い。少年が武人に向いた体を持っていることを、短い時間でも彼と一緒に旅をしてきたセオドアは確信していた。


「そう言やあ、昨日の入団手続きの時も自分で名前を書いてたなあ、あの小僧。こりゃあウチにとってはめっけもんだったかな」


 禿頭の男はそう言って豪快に笑った。


――そうだった。

 昨日、入団の手続きに際して、セオドアはルドルフに代筆を申し出たのだ。今までだって字が書けない者達の代わりに署名をしたことは何度もあった。しかしルドルフは自分で書けると言って、書類の項目を読み、署名をしていた。

 それだけでなく、最初に両替商に行った時も、特に困る様子もなく金を勘定していた。


 セオドアはルドルフが語った身の上話をフカシだと思っていたわけではない。

 しかし、全てを丸っきり信じるほどお人好しでも世間知らずでもなかった。

 戦災孤児など特に珍しくもない世の中である。生き延びるためには多少のハッタリも必要だ。


 だが実際に剣術を身に着け、読み書きもでき、勘定もできるとなると、直接面倒を見てもらっていたかどうかはともかくとして、身近にそれを教える教養を持った人物がいたということは事実だろう。

 そう思ってみると、能力だけでなく、ルドルフの言動にはどこか品があるように感じられる。

 彼をここへ導いた判断は正しかったのだろうか。

 それはルドルフ本人が傭兵になりたいと言ったからなのだが、もっと危険の少ない仕事を探してやるべきだったのかもしれない。読み書きと勘定ができるのなら、命の遣り取りなどしなくても済む、もっと良い仕事がある。


――こっちは文字どおり裸で体張ってんだから。

 昨晩のクロエの言葉が耳によみがえった。

 自身の体と命より他に売るものを持たない者。もちろんそうでない者もいるが、傭兵も娼婦もその点では同じだとセオドアは考えている。

 実際、世情が乱れれば傭兵も娼婦も増えるのだ。


 セオドアは自分に気付いて手を振る黒髪の少年に、同じように手を振り返しながら、心の中にぽつんと冷たい日陰のような不安が一粒滴るのを感じた。その一粒の不安は、あの黒妖犬と同じ色をしていた。

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