第16話

 セオドアは早朝のオストガルトの街を歩いていた。

 ぱっと見はぶらぶらと散歩でもしているかのように歩きながら、昨晩ルドルフから聞いた道を辿りつつ、それとなく周辺の様子を観察する。


 大通りには今も屋台が連なっているが、彼らのような移動式の店を持つ商人は時間帯で顔ぶれが違う。今は果物や野菜、パンなどを売る店が多い。簡単な温かい持ち帰り用の料理を売る店もあり、これから仕事に向かうと見られる人々の小腹を満たしていた。

 大道芸人達の姿はない。彼らは道行く人に足を止めてもらわねば商売にならないので、忙しないこの時間帯は最も不向きであることは間違いない。


(この辺かな?)


 セオドアは足を止めて、大通りから横に入る路地の奥に顔を向けた。

 路地の奥には朝日が入り込むこともなく暗いままだ。ルドルフの話どおり、奥でほぼ直角に曲がっている。

 セオドアの頭の中にある娼館との位置関係を考えても、ルドルフが入ったのはこの路地でほぼ間違いはなさそうだ。


 昨夜、宿に戻った後、ルドルフは屋台の少女からドライフラワーを一輪もらったと言って、それをセオドア達に見せた。

 お前もすみに置けねえな、と笑ったセオドアだったが、リードはその乾いた花を手に取り、鼻先に近づけて香りを確かめるようにしてから、また離してじろじろと眺めまわしていた。

「これ、この近くで取れた花なのか?」

「どこで取れたのかまでは聞いてないけど、どうして?」

 ルドルフは花を返してもらいながらリードに尋ねた。

「……乾いちまってるからわかりにくいが、たぶんエルフィンローズだ」

「珍しい花?」

「まあな。そのへんの野っぱらに勝手に生えるようなもんじゃないことは確かだな。名前のとおり、原産はエルフの隠れ里だ。どこそこの貴族が大枚たいまいはたいてエルフから株を買ったなんて話も聞くが、育てようにも人間の手で世話をするのは難しいらしい」

「でもよお」

 セオドアは口を挟んだ。

「屋台の飾りにぶら下がってたんだろ? お前の言うとおりなら、俺達みてえな下々しもじもの人間は一生に一度も拝めねえような花だろうがよ。そんなことがあるか?」

「だから俺がそう言ってんだろうが。馬鹿」

「だから答えは簡単だろ。お前の見立て違いだよ」


 その後はいつもどおりの罵り合いになった。

 セオドアは不毛な回想を打ち切って、路地には入らずに大通りを歩き出す。

 まだこの街の勢力図が飲み込めていない。見張られたり尾行されたりすることは仕方がないとしても、早々に誰かから敵と見做されて得をすることなどない。


 そのまま大通りを進み、オストガルトに駐在するクターデン帝国の兵営の前を通り抜ける。衛兵が守る門の奥にある建物には獅子の紋章の旗章が掲げられていた。

 大通りはそこで終わり、そこがオストガルトの都の中枢である。

 巨大な門と、城壁と呼んでも差支えがないほどの高い壁が左右に伸びている。

 この地を任されている貴族の屋敷であるのは一目瞭然であった。

 見るからに流れ者の己の風体を見咎められないうちに、セオドアはその場を離れることにした。

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