第10話

 黒髪の少年が舞うように剣撃を躱し、また自身の剣で弾き、火花が散るたびに湧き上がる歓声は大きくなった。


 早々に逃げ出した一部の客を除き、残った者達はすでに観客となっていた。

 今や一階のホールの周囲だけでなく、二階と三階の回廊にも手摺越しに階下の立ち回りを見下ろす客達の姿があった。


 黒装束三人を相手する黒髪の少年の動きは、それほどまでに見事だったのである。


 少年が剣を持つ二人の黒装束をいなし、そのままの勢いで獅子の像を回り込む。

 反対側から行く手を阻もうとした三人目の斬撃を身を低くして躱し、その剣が大理石の台に当たって跳ね返った瞬間に、少年の持つ剣が相手の胴を逆袈裟に斬り上げていた。


 ルドルフは残る二人の攻撃を避けてテーブルの一つに飛び乗り、さらに隣のテーブルへと、酔客達の肩越し頭越しに飛び移っていく。


 酔っ払い達は敵に追われたルドルフが自分達のテーブルの上に飛び乗り、クロスが踏み躙られ、料理を載せた皿が床に落ちても、微塵も気にしない。


 多量の酒気を帯びた歓声に混じり、無責任な野次や口笛が四方八方から飛ぶ。


「やるなあ!」

「おいボウズ! こいつら倒したら奢ってやるぞぉ!」

「オストガルト傭兵団に入れよ! 歓迎するぜ!」


 むしろその騒音は熱に拍車をかけるようだった。


「今日入った!」


 野次馬には一瞥もくれず、その金色の目で己の敵を見定め続けながら、ルドルフも大声で返した。




 建物の中で起きた時ならぬ誼譟けんそうにセオドアは女から体を離した。

 女も外の様子が気になったらしく、よそ見の客を責める素振りは見せなかった。


 酔っ払いの喧嘩にしては騒ぎが大き過ぎる。

 女を取り合って客同士が刃傷沙汰でも起こしたのかと、下だけを穿いて個室の外に出てみると、他の客や女達も回廊の手摺から吹き抜けを見下ろしていた。


 どれどれと周囲にならって吹き抜けを見下ろした彼が見たものは、複数人を相手どり、大立ち回りを演じる黒髪の少年の姿だった。


「ロル!? 何やってんだあいつ!」


 酒と色に酔っていた気持ちが一気に吹き飛ぶ。


 目を丸くする敵娼あいかたの機嫌を取ることも忘れて、セオドアは個室に置いていた自身の剣を引っ掴むと、階段を目指して走り出した。


 走りながら、瀟洒しょうしゃやかたのどこかにいるはずの相棒の名を呼ばわる。


「リード! おい! リィィィド! さっさと出てこい! 真っ最中かぁ!?」


 そう叫びながらセオドアは階段を見つけ、ほとんど飛び降りるようにして下へと向かった。

 ほぼ同時に、二階の個室の一つからリードが眉を吊り上げて飛び出してくる。

 リードも恰好はセオドアと同じくズボンだけを穿いた姿で、普段は布で隠されている金色の髪が全て露わになって、毛先からは水滴が途切れることなく落ちていた。


「うるせえぞ馬鹿! 娼館ここまで来てお前のがなり声を聞かせるんじゃねえ!」


 せっかくの楽しみをぶち壊した相棒バカの姿を探して、彼もまた吹き抜けを見下ろす。

 襟足と肩に残っていた泡が滑り落ちた。


「ロル!? 何やってんだあいつ!」


 セオドアと全く同じセリフを吐いて、リードも階段へと走るのだった。

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