第11話

 少年ルドルフは二人の黒装束の攻撃を必死で受けているが、すでに防戦一方であり、明らかに旗色が悪い。


「ロル!」


 一階のホールに駆け降りたセオドアは、肺を空にする勢いで少年の名を呼び、速度を落とすことなく一人の黒装束に突っ込んでいく。

 横からセオドアの攻撃を受けた黒装束は、かろうじて彼の刃を自分の剣で止めるも、大きくバランスを崩して、近くのテーブルの上に派手に倒れ込んだ。

 テーブルが斜めに倒れ、載っていた料理や酒が滑り落ちて、客達の歓声と女達の悲鳴と共に新たな狂騒を奏でる。


 目の前に立つ敵が、突き飛ばされた仲間の方へ僅かに顔を傾けた瞬間、ルドルフは相手の脇に斬りつけた。

 しかし、相手は視線を戻すことなくルドルフの剣を自分の剣で防ぐ。


 読まれていた、と思う間もなく、鍔を素早く刀身に絡められ、剣を床へと叩きつけられてしまった。

 少年の手を離れた剣は独楽のように回転しながら床の上を滑っていく。


 ルドルフに向けて無慈悲に振りかざされた剣が、急に軌道を変え斜めに振り下ろされた。

 鋭い金属の音が響き、セオドアの剣が受け止められていた。


「……ガキ相手に寄ってたかってはみっともねえぜ、なあおい」


 セオドアが低い声を出した。

 ぎりぎりと両者の間で刃が擦れ、弾かれたように相手が飛び退って距離を取る。

 すうっと剣を構え直して、セオドアは油断なく黒装束と睨み合った。


 その後ろで、倒れたテーブルの上に、むくりと黒装束が立ち上がる。

 二度、三度と軽く頭を振って、再び剣を構え直したその姿からは、表情は伺えなくとも憎悪と殺意が見て取れるほどにみなぎっていた。


「セオドア! ロル!」


 ホールへと金髪に褐色の肌の美丈夫が走り込んできた。

 セオドアはその声を聞いて不敵に笑い、目の前の相手に斬りかかった。


「リード、片方そっち頼むぜ!」


「俺に近接戦闘させる気か! この脳筋ども!」


 罵倒が複数形だったせいではないだろうが、リードの抗議は敵味方双方から無視される形となった。


「後で覚えてやがれよ! セオドア!」


 振り下ろされる白刃を、リードは杖で払い除けた。

 彼の杖は堅木で作られており、真正面から受け止めるのでもなければ、普通の剣で折られたり切られたりするような代物しろものではない。


 斬撃を横に流された相手がバランスを崩した、その足元をさらに払い、飛び退く相手を追って突きを繰り出す。

 剣と剣がぶつかり合うほどの派手さはないが、相手はリードの杖の間合いの先で踊らされるような格好になる。


の相手は初めてか?」


 リードは杖頭にはめられた石を指先で一撫でして、ぱしんと杖を回転させた。


「魔法使いの護身術程度が破れないんじゃあ大したことはねえな。あんたら二人がかりでもセオドアあのバカには勝てねえ」


 もちろんセオドアの方も、それを見抜いて片方をリードに任せたに決まっている。

 そしてその狙いも、リードにはわかっていた。


 リードの挑発がいたのか、それとも彼が一度杖を引いたことで仕切り直せると踏んだのか、あるいはこれが最後と覚悟を決めたのか、敵は剣を持ち直し、大きく踏み込んできた。


 カン、と一際高い音が吹き抜けを響き、リードの杖が相手の剣を払う、彼はそのまま姿勢を下げて、杖を反転させ、その杖頭を相手の鳩尾に正確に突き付けた。

 そこには魔力を注がれ、薄い緑色の光を宿した魔石がはめられている。


 魔法は、精霊の力の欠片である魔石に術者の魔力を注ぐことで、その力を引き出す技術だ。

 多くの魔法使いは格闘を得手えてとはしないが、護身術として杖術を修める者はそれなりにいる。あくまで護身術であるので攻撃手段として戦法に組み込むことは推奨されていないが――


「こういう使い方もあんだよ」


 急所に突きと同時に直接魔力による攻撃を叩き込まれた相手はうめき声をあげて、その場に膝をついた。

 しばらくは息をするのも辛いはずで、まともに動けないだろう。



「やったか? リード」


 剣を鞘にしまいながらセオドアが尋ねる。

 リードがそちらを見ると、彼の足元に糸の切れた操り人形のように黒い人影が倒れ伏している。

 先ほどまでまとっていた殺気はなく、それはすでにただのと化していた。


「やってねえ。生け捕りだろ」


「ああそうだな。理由を聞かせてもらわねえと……」


 セオドアが言葉を終えぬうちに、うずくまっていた黒装束が激しく咳き込みだした。

 その場で悶え、すぐに痙攣を始める。


「しまった!」


 セオドアが相手の覆面を剥ぎ取り、血に塗れた口を無理やり開かせる。

 ヒューッと息を吸い込む音が男の喉から鳴り、がくりと首から力が抜けた。


「奥歯に毒を仕込んでいたか……」


 男の両頬を片手で挟むようにして口内を検め、セオドアが苦渋の表情を作った。

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