第9話
シャッと蛇が威嚇する時のような気合いと共に、空気が切り裂かれる音、次いで金属がぶつかる音が響く。
暗い路地に、一瞬小さく赤い火花が咲いた。
持っていたダガーをルドルフの剣で弾かれた黒装束の腕が高く上がる。
素早く剣を返して、がら空きになった相手の脇を斬りつけ、絶命した相手が路地に崩れ落ちる前に、ルドルフは元来た方へと走り出した。
「逃がすな……!」
ルドルフが来た大通りの方へと戻る通路を塞ぐように、黒装束が仲間の死体を飛び越えて素早く回り込む。
とっさに右足を軸にして
ルドルフは再び身を
複数の足音が後を追ってきた。
追ってくる音は五人分。
足音までの距離にはばらつきがある。
このまま路地を走り続け、追いついてきた敵を一人ずつ相手をするのがいいか――そう考えないこともなかったが、すぐに「違うな」と思い直した。
そういう戦い方ができるのは、あくまで自分の方に体力と地の利がある場合だ。
身のこなしからして相手は
しかも自分のような子供ではなく、体力の十分な大人。
オストガルトの路地についても、今日この街に来たばかりのルドルフよりも相手の方が詳しいと仮定する方が安全だ。
逃げきれず戦わねばならないのなら、剣を十分に振るえる場所が良い。しかし広すぎる場所は良くない。
囲まれてしまえば、相手の数の有利が勝る。
それは先日、森でヨウワの群れに襲われた時に痛感した。
走りながら、ルドルフはどこか冷静だった。
この感覚も覚えがある。
やはりあの森の中。
あの醜悪な男に組み敷かれそうになった時、跳ね上がる心拍と沸騰する血液に反比例するかのように、心は動かず頭だけは冴えて、目は冷静にダガーとそれを突き立てる箇所を狙っていた。
ルドルフの金色の瞳が、暗い路地の壁に切れ込みのような光の線を見つけた。
それが消える寸前に左肩から体当たりをする。
扉の向こう側で誰かが転んだ音がして、悲鳴と文句を背中に浴びながらルドルフは建物へと駆けこんだ。
続いて、ルドルフを追う黒装束達も裏口から
ルドルフは知らなかったが、それはそのあたりで最も大きな三階建ての建物の裏口であった。
全力で走り、体全体で押し開けるようにして、奥へと続く扉を開く。
室内の物干し場だろうか。部屋の中に何枚も何枚も、敷布と思われる白い大きな布がかけられている中をルドルフは駆け抜ける。
顔に当たる白い布地をうっかり被って視界を失わないように手で掻き分けなければならなかった。最後の一枚が左腕に巻き付いたが、振り払っている余裕はない。
ルドルフは次の扉を押し開けた。
突然の
ルドルフに一人の黒装束が追いつき、短剣を繰り出してきた。
追いつかれ、相手が短剣を繰り出そうとする一瞬の間で、剥き出しの喉元をルドルフの目が正確に捉える。
ルドルフは左腕を横に払うようにして、腕に巻き付いていた布をふわりと広げた。
視界を奪われた黒装束が動きを止めたその瞬間、右手で素早く剣を抜き、布越しに相手の喉笛の位置を突き上げる。
すぐに剣を引き抜き、赤く染まっていく白い布を無感動のまま腕から外すと、己の戦果を確認することもなくルドルフは走り出した。
見えずとも手応えはあった。
己の持ち合わせた残酷な獣の
今までの扉とは趣の異なる、装飾の施された両開きの扉を思い切り開く。
そこは三階までの吹き抜けのホールとなっていた。
二階と三階は吹き抜けを見下ろす回廊になっているのか、ぐるりと縁に
一階ホールの中央にある大理石の台の上に、腹這いで正面を見据える獅子の像が置かれ、回廊の下には長椅子や背の低いテーブルがホールを囲むように配置されていた。
そこには食事をしている人々が何組もいたが、ただ食事というよりは酒盛りといった状態に近い。
男性の年齢や恰好は様々であったが、女性は一様にやたらときらびやかな恰好をして、しっかりと化粧を施していた。
ルドルフと、それに続いて飛び込んできた黒装束達にホールは一気にざわついた。
大きく曲がった爪のようなナイフが、ルドルフの
ルドルフは体の重心を後ろに移動させて
周囲のどよめきが大きくなり、何人かの客が悲鳴をあげて立ち上がったが、それを気にしている余裕はさすがにない。
(あと三人)
黒装束どもは全員頭から黒い布を被っていて、ご丁寧に顔の正面にまで薄い黒布を垂らしている。三人とも体格差はあまりないが、いずれもルドルフより背が高く、もし若いとしても子供ではないだろう。
黒装束達はすらりと剣を抜いた。
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