【短編】転生したら懐中電灯だった件

お茶の間ぽんこ

転生したら懐中電灯だった件

 起きたら38度の高熱だった。

 視界はぼんやりしてもう何も考えることができない。

 一緒に同棲している恵子が必死に俺の看病をしてくれた。

「こういうときはビタミンⅭを摂取しないとね!フルーツ買ってきたよ!」

 気を利かせて果物を用意してくれたらしいが、まともに目を開けてはいられないので彼女の動作を音でなんとなく察した。

「海斗、あーん」

 恵子がそう指示してきたので、口を開けてそれを咀嚼すると小さい頃に味わったことがある独特の甘味と酸味とが融合した食味を堪能できた。

 その瞬間、身体に異変が起きた。

 かゆい。身体がかゆい。それどころか喉の奥がかゆい。

「か、海斗どうしたの!?いきなり発疹が!」

「何食わせた…?」

「キウイフルーツだけど…」

「お、お前!俺はキウイのアレルギーなんだぞ!」

 その言葉を最後に俺は意識を失くした。


 意識を戻すと、俺は身動きが取れなかった。

 いつもの五感を発揮している心地がしない。目を開けるまでもなく外界を感じ取れる。音はいつものように聴こえる。しかし、匂いを嗅いだり口を動かしたり手足を動かすことができない。

 正確には、俺には手足がないようだ。もっと厳密に言うと、俺は人間ではない。

 俺は懐中電灯になったのだ。

 ここは冒険ファンタジーが展開されそうな前世とは違う異世界で、俺はいわゆる転生をして懐中電灯になったらしい。やれやれ、転生するならもっとマシな動物になりたかったぜ。

 俺の所有者は、冒険家でこの世界を転々と旅している。

 もちろん、俺は何一つ話しかけることもできないし、懐中電灯に魂が宿っていることなんて彼は気づかないだろう。

 しかし、この冒険家の旅は実に面白かった。未知の動物、モンスター、中世を想起させる街並みや衣装、見たことのない自然豊かな壮大な景色。俺はこの冒険家に所有されることで様々な体験ができた。彼はよくダンジョンに潜り込むので俺が明かりを照らしてやっているのだが、懐中電灯の本能とでもいうべきか、光で道を示すことにこれ以上ない誇りを感じた。

 そして、ある日のこと。冒険家はいつものように街で装備を揃えてダンジョンに向けて準備をする。今回は火山でクリスタルなるものを採集してお金儲けしようと考えているらしい。食料品を調達している途中、店のおばさんが「これおまけよ。栄養蓄えないとね」と言って彼にあの忌まわしいキウイフルーツを手渡したので、前世の最期を思い出しこの世からキウイフルーツを如何にして絶滅させるかについて思索に耽ったのは言うまでもない。

 夜は危険だからと、朝のうちに準備を済ませて火山に向かう。火山にはダンジョンらしく洞窟があり、彼は中へと入っていった。

 洞窟内は暗い。俺が冒険家のために道を照らしてやる。彼は照らす方向へと慎重に足を進め、モンスターやトラップを警戒する。

 今までのダンジョンとは違って全くモンスターなどの気配がなく、今回は簡単にミッションを達成できそうだ。

 気が付けば最深部に到達することができ、照らすとその数十倍の光を反射してくる程度に光沢を見せるクリスタルが一面に広がっていた。

 彼は慣れた手つきでクリスタルを採集していき、売ればしばらくは稼ぎに赴かなくても問題ないぐらい多く回収した。

 この調子だと帰路も安心できそうだな、そう冒険家と俺は考えていたが、その道すがら後ろから地響きが鳴った。地響きがどんどん大きくなる。何かが近づいてくる。

 俺は音の正体の方向を照らした。そいつは沸々と蒸気を発した溶岩によって形作られた人型のモンスターだった。体長は冒険家の五人分はあり、人間なんて軽く一口で飲み込んでしまいそうな大口を持っていた。

 こいつが洞窟内にいるモンスター共を喰っていたから雑魚一匹もいなかったのか、そのような憶測ができたが無駄なことを考えている暇はない。まともに戦っても勝機はないだろう。

 冒険家は必死に逃げた。岐路が多くあり、帰りに迷わないようにマッピングしていたが、どこが入口につながっているのか確認する時間はない。

 途中で道を間違ったのだろう、進めど進めど入口の光は差してこない。

 そして俺の光は消えた。電池切れだ。もう何も照らしてやれない。

 光がなくても冒険家は殺されまいと必死にモンスターから逃げた。

 息も絶え絶えだ。もうあと少しで走れなくなるだろう。

 そんなとき、俺は前方に道がないことに気づいた。行き止まりではなく、崖だ。

 このまま走ると冒険家は転落してしまう。何とか伝えてやりたい。

 でも俺はそもそも誰かにスイッチを押してもらわないと役目を果たせない。

 奇跡が起きないだろうか。

 色々な世界を見せてくれた、この冒険家を守りたい。

 灯れ。

 灯れ。

 灯れ灯れ。

 灯れ灯れ灯れ!

 俺は最後の力を振り絞った。

 その瞬間、光が灯った。冒険家の前方を一瞬照らす。

 冒険家はこの先道がないことに気づき、崖のぎりぎりで自身の体を軌道の横に投げた。

 モンスターは咄嗟の動きに応じることができず、崖から転落していった。

 底からは大きな鳴き声が聞こえる。

 とにかく、冒険家は助かった。

 しかし、俺は意識が消えかかろうとしていた。最後の力を振り絞って強引に電気を生み出したせいで俺自身の魂も消えようとしているのだ。

 だが、これから消えようとしているのになぜか清々しかった。俺は懐中電灯としての役目を全うしたのだ。そして人の命も救った。懐中電灯としてもう未練はない。

 冒険家は神か何かに感謝の言葉を捧げている。俺に感謝してくれているのか。初めて俺に話しかけてくれたみたいで嬉しかった。

 さあ、もう消えよう。次に転生したとしても、また懐中電灯になるっていうのも悪くないな。


  ◇


 気が付くと、俺は光を放っていた。あの冒険家がいた。

 なぜだ。俺は消えるんじゃなかったのか。

 そして、外界に注意して感じ取ると、俺の身体にキウイフルーツがついていた。

 冒険家は呟く。

「あのおばさんからキウイを貰って良かったよ。ちょっと改造すれば果物電池として電気が点くからな」

 果物は電気を発生することができると聞いたことがある。

 俺はキウイフルーツに殺され、キウイフルーツに生かされたのか。

 どうやらまだまだ懐中電灯としてこの冒険家を支えてやらなくちゃな。

 俺は冒険家を導くため、帰路を照らし続けた。

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