3「いただくわ。私、お魚は結構好きなの」

「え? 容器に可食物が入っていたらお弁当よね?」


「俺が知らないだけで、柊はどこかのディストピア出身だったりする?」

「SF小説みたいに? 残念だけど、私は生まれも育ちも茨城県なの。都会の人間からしたらディストピアかしら?」

「そんなことないだろ。俺は好きだぞ、茨城。自然の名所が多いのが特にいい」


 俺が茨城をフォローしていると受け取ったのか、柊は少しだけ口元を緩ませ、「冗談よ」と返してくれる。

「私も好き。育った町には色々な思い出があるし。日本一大きい大仏もあるわよ」

「あ、聞いたことあるぞ。百メートルを超えているよな」

「そうね。冬になったら全身ライトアップされるし、実は動くのよ」

「マジかよ! 何だよそれ……格好良すぎるだろ。見てみたくなった」


「すごいでしょう? まあ大きさ以外嘘だけど」


「何で嘘吐いた!?」

「父が幼い頃、私に吐いた嘘を真似してみたの。反応を見るに、大成功ね。大仏はともかく、海も近くてお魚もおいしいから、一度くらいは行ってもいいと思うわ」


 机の上に置かれたツナ缶を眺めながら、俺はあることを思いついた。


「柊。これを使ってもいいか?」

「いいけど……何か作るの?」


「そうだな。今日はパスタを作ろう!」


「パスタの調理は簡単だ。まずはオリーブオイルでにんにくを一片炒めて、香りが出るまで加熱」

「でも、面倒な作業もあるわよね? 具材を炒めたり、お鍋でパスタを茹でたり」

 柊の言う通り、普通のパスタならそうだろう。だけどそんな本格的な調理はこの料理には必要ない。

「きのこ類、パスタ、唐辛子、ツナ缶にコンソメ。そしてミニトマト。具沢山だからそう見えるかもしれないが……今回はこれを丸ごとフライパンにぶち込むだけだ!」

 たくさんの具材がフライパンに詰め込まれているところに、水を加える。

「うちのフライパンは小さいから、パスタが少し柔らかくなるまで菜箸で抑えちまおう」

 しばらく抑えているとパスタもフライパンに収まった。後は蓋をして中火で八分ほど加熱し、その後は蓋を開けて水分が飛ぶまで煮詰めるだけだ。


 その間に空いたツナ缶を片付けながら、俺は柊と知り合った日のことを思い出す。 


大学一年の春、柊とは同じ講義で出会い、その後サークルで再会した。

 しかし彼女はいつも一人で読書をしていて、季刊誌の制作活動などには参加せず、浮いた女子、という印象が強かった。

 そして夏休み。俺が本を借りにサークルへ出向いた日。偶然、柊と二人きりになる。

 何となく無言なのも居心地が悪く、俺は柊に尋ねてみた。


『なあ、柊。昼食を食べに行かないのか? 丁度良い時間だけど』


 突然声をかけられた彼女は、ほんの少しだけ驚く。


『浅生君、だったかしら? 私、食事が好きじゃないから』


 それが会話の終わりであるかのように、柊はそれ以上喋らなかったけど。

 授業で見かけた時からずっと、寂しげに一人で本を読む柊が何だか放っておけなくて。

 余計なお節介だともう一度突っぱねられたら、それで諦めればいい。

 俺は持参していた、コンビニのサンドイッチを差し出していた。

『……【食事】が苦手でも、【栄養補給】はするよな? コンビニで買いすぎたサンドイッチがあるんだけど、捨てるには勿体ないし……良かったら、どうだ?』

 本当は嘘だ。けど、こうでもしないと、柊は受け取ってくれなさそうだったから。

 柊は警戒していたけれど、少しだけ興味深そうにサンドイッチを見ている。


『……浅生君。これは、その。ツナサンドかしら?』


 俺が首肯すると、彼女は安心したように受け取ってくれた。


『いただくわ。私、お魚は結構好きなの』


 そう答えた柊の表情は、先ほどまでと変わらないように見えたけど。

 その日から俺たちは会えば挨拶をするようになり、本の貸し借りもするようになった。

 次第に柊の口数は増え、今では冗談も言えるようになって――。



 そんな柊の横顔は、今でもあの頃とそんなに変わっていない気もするけど。

「よし、そろそろ頃合いだな」

 水分がすっかり飛んだのを確認して、一口つまんで塩で味を調える。

 最後に黒胡椒と粉末パセリを散らせば――。


「〈ツナとトマトのワンポットパスタ〉、完成だ!」

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