2「こ、これが弁当……だと?」

 外の空気を吸ってリフレッシュした俺は、お茶を飲みながら一息ついていた。

 すると、『ピンポーン』と、電子音が室内に響く。

「お、来たか」

 インターホンを聞いた俺は玄関に向かい、施錠を解いてドアを開く。

 そこに立っていたのは、日本人形のような美人だった。

 少し重めの前髪から覗く、切れ長の綺麗な目。艶やかな黒髪のロングヘア。

 肌の露出を嫌うようなロングスカートは、彼女にとても似合う。


「こんにちは、浅生あそう君。今日もとても素敵な顔をしているわね」


 開口一番褒めてくれるのは嬉しいが、目も口元も笑っていない。これはお世辞だ。

 無感情で平坦な声を出す彼女の名は、ひいらぎ水咲みさ

 俺が通う大学の同級生で、同じ文芸サークルに所属している友人だ。

「あのな、柊……褒めてくれるのは嬉しいが、もう少し上手くお世辞を言えるようになってくれないか。無表情で言われても困る」


「私が読んだ『ちょろい男の子を落とす百の技術』の中では、こうすれば彼女の居ない非モテ男子は喜ぶと書いてあったけど」


「おかしいのはそれを臆面もなく相手に言えるお前の感性だな?」


 とんでもない本を読んでいやがる。

 柊は元々読書に関しては雑食な方だが、ハウツー本みたいなものも読むのか……。


「実験は失敗ね。それより浅生君、あなたに頼まれていた小説を持ってきてあげたわ」

「いつもありがとう。助かるよ。今日はもう帰るのか?」


 文芸サークルに属してはいるものの、昨今の本は高価だ。特にしがない大学生には文庫本以外の書籍はなかなか手が出せない。うちのアパートは柊の帰路にあり、余計な遠回りをせず寄ることが可能なため、彼女が大学から帰る途中に、度々こうして本の貸し借りをする。


「いいえ。駅の近くにある本屋をいくつか回ろうと思っているの。次に読む本を探したいから。その前に……浅生君、一つお願いがあるのだけど」


 柊は何故か部屋の奥を見つめる。


「ここで栄養補給をしていってもいい? 今日はお弁当があるから」


 柊の独特な「食事」を表現する言葉に、俺は軽く苦笑しつつ。


「構わないよ。狭い部屋だけど、良かったら上がってくれ」

 俺の言葉を受け、柊は「お邪魔します」と呟いてから玄関に入って靴を脱ぐ。

 そして向かい合ってテーブルに座ると、彼女はトートバッグからお弁当を取り出

そうとする。

「柊が弁当を持っているのは珍しいよな。一体どんな……え?」


カン。


カン。


カンッ。



 軽快な音を響かせながら、机上に置かれたのは三つの銀の物体。

 それは弁当というにはあまりにも小さく、貧しく、彩のない……缶詰だった。


「特売品のツナ缶。オイル入り。三個。三日分のお弁当よ」


「こ、これが弁当……だと?」

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