Recipe02「二人の距離、実験中。」

1「女子高生と秘密を共有出来て……ドキドキする?」

「さて、これで一息つけるな」

 土曜日。提出間近のレポートを仕上げ、スマホの待ち受けに目をやる。

 時刻は午後一時。昼食の時間には丁度良いが、まだ空腹とは言い難い感じだ。

「来客まですることもないし、気晴らしに散歩でも行くか」

 俺は財布とスマホをポケットに入れ、近所を歩こうと決めて部屋を出る。

 すると、まったく同じタイミングで隣室のドアが開いた。


「あ、りーくんだ。お出かけ?」



「まぁ、少しな。結菜ゆいなは?」

 お隣に住む女子高生こと、桜木さくらぎ結菜だ。先日俺は彼女に料理を振舞ってから、結菜の実家から送られてきた大量の野菜を分けてもらったり、気が向いた時は夕食の差し入れなどもするようになったのだが、実は……。


「私は都内までゲームを買いに行くの! 今日のゲーム実況配信は夕方からだよ! 良かったらその財布の中身をデジタルマネーに両替して、投げ銭してね!」

「これが新時代のカツアゲかぁ。というか、堂々と外でゲーム実況の話をするな」


 結菜は動画サイトで、『艶姫つやひめ』という名義でゲーム実況を行っている。

 何を隠そう、俺は艶姫さんの大ファンだった。推しと言ってもいい。

 しかしそれは、所謂「中の人」が結菜であることを知る以前の話だ。


「私が身バレしているのは、家族とりーくんだけだし大丈夫! こんなに可愛いらしい女子高生と秘密を共有出来て……ドキドキする? ねえねえ?」


 嬉しそうに俺の頬を指で突く結菜。チクチクするからやめてね?

「むしろ逆だな。無名の頃からずっと応援していて、程よい距離感で見守るのが良かったわけだ。大好きな人が登録者数を伸ばして喜ぶ、その幸せを共有するのが……ん?」

 気付けば俺の演説を受けている結菜は、何故だかとても照れ臭そうに笑っている。


「えへへー? これって今、私告白されている最中かな? 年上の男性は好きだし、料理が出来てゲーム実況への理解もあるし、考えてあげてもいいよ! でへへ!」


「待て、違う。全ッ然違う。俺にとって艶姫さんと結菜は別人だ。だからごめんなさい。お友達のままでいましょう」


「え? あれ? 今私、告白されていると思ったら振られていた!?」


 唇を尖らせて「ぶーぶー」と抗議するお隣JK。喜怒哀楽の変化が激しすぎる。

「中の人とキャラは別だ。アニメで例えると分かりやすいか?」

「あー、なるほど。私も好きなキャラ居るけど、演じている声優さんはキャラと正反対のタイプだからちょっと苦手かも」

「分かってくれて何よりだ」

 すると、結菜は不安げな表情を浮かべ、弱気な声で俺に尋ねてくる。


「…… じゃあ、りーくんは『艶姫』さんが好きで、『桜木結菜』は嫌い、なの?」


「嫌いじゃない。大切なお隣さんだと思ってるよ」


 答えを聞いた結菜は、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 照れたと思えば笑い、落ち込んだかと思えばまた笑う。表情豊かだよな、この子。


「いぇい! それならオッケーです! それじゃあ私、そろそろ行くね! 今日の配信でまた会おうね! いってきまーす!」


 言うが早いか、結菜は跳ねるような足取りで去って行った。


「まったく……あいつと知り合ってから、毎日飽きないな」


 結菜を見送り、俺も散歩へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る