第4話 Happy Ever After


──ピピピ


 枕もとでスマホが鳴り響いていた。時間は朝の七時。


「明人! 早く起きないと遅刻するよ!」


 遅刻? なんで遅刻するんだ?

変わらない部屋、俺がいたいつもの部屋だ。

カーテンを開けると日の光が部屋に入ってくる。

階段を降りテーブルの上には朝食、さらに弁当まであった。


「母さんこれは?」

「早くしないと遅刻するわよ」

「遅刻?」

「早く着替えて、顔洗ってきな」


 着替える? 遅刻? 俺は着替える為に部屋に戻る。

クローゼットを開けると高校の制服が目に入った。

なんでここに? とりあえず制服に着替え台所に戻る。


「これでいいのかな?」

「あたりまえでしょ、高校生は制服なんだし」


 言われるまま朝食を食べ、弁当を鞄に入れる。

俺は高校に行っているのか?


──ピンポーン


 朝から来客?


「はーい」


 玄関を開けると俺は目を疑った。


「お、おはよう……」


 そこには制服姿の真奈が立っている。

そんな馬鹿な。いったい何が起きているんだ?


「真奈……」


 また会うことができた。俺はあの日真奈を救えなかった。

でも今こうして目の前に真奈がいる。俺はあふれ出そうな涙をこらえ、微笑む。


「あら、真奈ちゃんおはよう。毎朝悪いわねぇ。ほら、明人も早く行きなっ」


 急がされるがまま、俺は玄関を出て真奈と肩をならべ歩き出す。

俺の記憶が正しければ、あの日事故にあったのは俺で、真奈は無事だった。

じゃぁ、今ここにいる俺は?


 俺は自然と真奈の手を取りその温かさを感じる。

真奈の手は温かく俺が握るとそっと握り返された。


「ねぇ明人、覚えてる?」

「何を?」


 真奈は不思議そうな目で俺を見てくる。


「花火見た後に事故があったでしょ? その事」


 さっきまでその夢を見ていたんだ。はっきりと覚えている。

でも、何で真奈も?


「覚えてるさ。真奈が俺にキスしてくれたことも」


 真奈を見ると、少しだけ照れているようだった。

でも、二度と見ることがないと思っていた笑顔を俺に見せてくれている。


「私ね夢を見たの。あの日、明人を助ける為に夢を」

「俺を助ける為?」

「うん。明人は私を家まで送った後に事故にあって、そのまま寝たきりに……」

「お、俺寝たきりになったの!」


 なんてことだ。俺の記憶にはないが寝たきりになるなんて……。


「私ね、自暴自棄になってずっと引きこもっていたの」

「真奈が引きこもりに?」

「そ。それでね、入院している明人のお見舞いに行った帰り、喫茶店でコーヒーを飲んだの。そしたら昔の夢を見てね」


 昔の夢?

どこかで聞いた話だな。


「小さな喫茶店で、マスター一人の店か?」

「そうだよ。知ってるの?」

「さ、さぁ? そんな店、その辺にいくらでもあるからな」

「もしかしたら、明人を助けることができるんじゃないかって、人生の半分でコーヒーを飲んだの」


 同じだ。俺と同じ。まさか真奈もあの店で?


「でも事故が起きて私も巻き込まれた。でもね、明人は寝たきりにならなかった。私の人生半分で明人が助かったんだよ」

「そっか。そんなことがあったんだ」

「驚かないの?」

「驚いているさ、俺の命は真奈に救われたんだなって」


 真奈はまじめな顔つきで俺を見てくる。

さっきまでの微笑みとは違う表情。


「あのさ、今日の明人様子が変。まるで私と久しぶりに会ったような感じ」


 全部話してもいいよな。


「あぁ、久しぶりに話した。嬉しくて涙が出そうだよ」


 俺は真奈に全部話した。真奈が寝たきりになったこと、喫茶店でコーヒーを飲んだこと。

じーちゃんが生き返ったことも圭介が水泳を続けていることも。


「そ、そんな……。私が寝たきりに? でも、どうして……」

「考えたらきりがないな。まぁ、あの日から昨日までの記憶がすっぽりないだけだ。あ、あと人生半分なくなったと思う」

「随分軽く言うわね」

「いいよ、軽くて。こうして真奈が生きている。俺と話ができて、この手のぬくもりを俺は感じることができる。それに──」

「それに?」

「俺のファーストキスは真奈! これが嬉しい!」

「ば、バカなこと言わないでっ! よ……」


 急に恥ずかしがる真奈を見ていると俺は救われる。

こうして俺と真奈はお互いの人生半分を差し出し、お互いを助け合ったのだ。

まさに命の恩人だな。


 たった一つ悔いがあるとすれば、無くなった人生半分真奈と一緒にいる事ができないってことだ。

でも、それまでは一緒にいる事ができる。


「じゃぁ、私と付き合っている事も、受験の事も何もわからないの?」

「だな。って、俺達付き合ってるのか!」

「ひどい……。全部忘れちゃうなんて」

「ごめんな。でも、今こうして俺たちは二人で一緒に歩いている」

「そうだけどさ……」


 俺は真奈の手を握り、彼女の澄んだ瞳を見つめる。


「真奈の記憶にある思い出も大切だけど、これから作っていく思い出も沢山あると思うんだ」

「これから?」

「そう、俺達この先ずっと一緒だろ?」


 彼女は微笑む。そして、歩みを止めた。


「そうだね。だったら、今この場で思い出を作ってもいいよね」


 突然真奈は握っていた手を引っ張り、俺は体勢を崩す。

そして、俺の頬に彼女の手がそえられ──


 唇が重なった。


「これも大切な思い出になるんだね」


 微笑む彼女は少し照れながら俺を見つめてくる。


「そうだな、いい思い出になりそうだよ。ところで、一つお願いがあるんだけどさ」

「何?」

「高校の勉強教えてくれない?」

「いいけど、一つ条件出してもいい?」

「俺にできる事だったら何でも」

「花火、また一緒に見いってほしい」


 微笑む彼女の手を取り俺は笑顔で返す。


「今年も来年も、再来年も、ずっと一緒に行こうぜ」

「うんっ」


 あの時止まった俺の人生は、真奈のおかげで再び動き出した。

俺は真奈の、真奈は俺の運命の針を動かし、再び時を刻む。



 ◆ ◆ ◆


「──それでは、誓いの口づけを」


 教会で俺は真奈のヴェールを上げ、頬に手を添える。

心臓が爆発しそうだ。


「明人早くして、恥ずかしい」


 真奈が小声でささやく。


「そんなこと言うなよ、一生に一回しかないんだ」


 そっと彼女の唇をふさぎ、指輪の交換も無事に終わった。

あの日から何年たったんだろうか。


 俺は真奈と式を挙げ夫婦になった。

式が進みこれからブーケが宙に舞う。


──リンゴーン リンゴーン リンゴーン


 教会の鐘が三度鳴り響く。


「いくよー!」


 宙を舞うブーケ。青空に吸い込まれそうなブーケは誰の手に行くのか。

そんな時、教会の奥から神父様が俺たちの所にやってきた。


「お二人ともお幸せですか?」


 答えは決まっている。


「「はい、幸せです」」

「それはそれは……。夫婦はお互いの人生を共に歩みます。お互いの人生の半分を相手にゆだねるのですよ」


 人生の半分。俺の人生半分は死神に持っていかれたけどな。


「ですから、なくなった人生の半分をお互いに埋めるのです。お二人とも末永くお幸せに」


 なくなった、人生の半分?


「神父さん!」


 しかし、そこには誰もいなかった。

確かに声はしたのに。


「い、今のって……」

「わからない。でも、俺たちの人生は二人で進んでいくんだ」

「そうだね。私たちの人生だもんね」

「これからもよろしくね」

「この先何があっても、俺は真奈を守っていくよ」

「私も明人の事守っていくからねっ」


 再び交わされたキスは少しだけ苦いコーヒーの味がした。


「と、とったどー! ブーケゲットじゃー」


 なんでじーちゃんがブーケ取るかな。

あ、取ったブーケをばーちゃんにあげてる。


「ばーさん、早くひ孫の顔がみたいのぉ!」


 真奈は少し顔を赤くし、でもその微笑みは俺の幸せでもある。


「明人、がんばろうね!」


 俺たちの人生は今スタートラインに立ったばかりだ。


「もちろん」


 互いに手を取り、共に歩んでいく。

人生ってそんなもんなんだよな、きっと……。



 ── Happy Ever After ──

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IF ~もしも彼女が助かるなら~ 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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