第3話 消えていく温もり


「これから受験だね、明人は勉強している?」

「してるさ。真奈と同じ学校に行くために必死こいてる」


 微笑む彼女は僕の事をどう思っているのだろう。

時間も遅くなり、彼女と別れた場所に立っていた。


「じゃ、またね」

「おう。またな」


 懐かしい。真奈が俺の目の前に立っている。

そして、彼女は浴衣姿で俺に微笑んでくれている。


 たとえ夢の中でも俺は、彼女と話をしている。

きっとこれが最後……。


 夢なのに意識ははっきりとしている。

これが夢だと自覚したうえで、行動ができる。


「真奈」


 帰ろうとしている真奈の手を握りしめた。


「な、何?」

「家まで送っていく」

「え? 別にいいよ。家、反対方向だし」

「ダメだ。絶対に送っていく」

「そ、そう?」


 彼女の手を握ったまま俺は周りを警戒する。

どこだ? どこで事故に巻きこまれるんだ?

自然と真奈の手を握る手に力が入る。


「明人。その、えっと……」

「なんだ?」

「いつまで、握っているのかなって」

「ずっとだ。絶対に離さない」

「えっ、それって……」 


 離すものか、何があっても絶対に離さない。


「心配するな。俺が絶対にお前を守るから」

「明人……」


 まだ事故は起きない。でも、そろそろ住宅街だ。

車の通りも少ない。本当に事故なんて起きるのか?


「あ、明人さ。来年も一緒に花火行こうね」

「あぁ、もちろん」

「再来年も、その次の年も、毎年一緒に行こうね」

「いいぜ。約束な」


 でも、俺はきっと二度と真奈と花火を見ることはできない。


「わ、私、明人の事──」


──キキィィィィィィィィ


 突然俺たちを照らし出すヘッドライト。

まぶしくて何も見えなくなる。うっすらと見えるのは、真奈の顔。

このタイミングか! ここで、俺が真奈を守り切れば!


「明人! 危ないっ!!」


 真奈が俺を突き飛ばす。

車の軌道から俺が外れ、その代わりに真奈が車の真正面に。


 嘘だろ? なんで? どうして? 俺は夢を見ているんだろ。

なんで変わらない? どうして? 何も変えることができなかった?

何もできない? 真奈はまた寝たきりのなるのか?


 走馬灯のように真奈の事が頭を駆け巡る。

そんな事させるかぁ! 俺は真奈を守るために夢見てるんだ!


 突き飛ばされた直後、俺は体勢を整え駆け出す。

時間の流れがゆっくりになる。そうか、死ぬ直前ってこんな感じで世界がゆっくり回るんだ。


 俺は真奈を抱きしめ、そのまま車のボンネットに飛び込んだ。

真奈の頭を守るように抱きかかえ、フロントガラスにひびを入れ、そのままの勢いで車の後方まで飛ばされる。

自分の事はどうでもいい、真奈さえ守ることができれば……。


「うっっ」


 体中が痛い。でも、意識はまだある。


「明人?」

「ま、な……。だい、じょう、ぶか?」

「私は大丈夫。明人は?」

「まなに、つたえたい」


 真奈は涙目で俺を見てくる。


「真奈の、こと。ずっと好き、だった。し、あわせに、なれよ。ぜったい、だからな……」


 伝えきった。俺のやり残したことはもうない。

俺の人生半分も、命もまとめて全部持っていけ!

真奈が助かるなら、俺のすべてをお前に差し出してやる、死神め!


「明人? 嘘、なんで? どうして? なんで!」


 真奈が何か騒いでいる。


「なんでまた明人が! やり直しているのにまた明人を守れなかった! 絶対に助けるって決めたのに!」


 助けるって決めた? 何を言っているんだ?


「起きてよ、嘘だよね? 私は明人と一緒に生きたいから夢を見たのに。やっぱり送ってもらったらダメだったんだ……。明人ごめん、ごめんね……。私、また明人を救えなかった……」


 涙を流しながら真奈は俺の頬に手を乗せ、そっとキスをしてくれた。

そんな泣くなよ。大丈夫、俺は大丈夫だから。


 体が冷たくなっていくのを感じる。

頭が重くなっていくのを感じる。

真奈の温もりが消えていく……。そうか、俺ねたきりじゃなくてここで死ぬんだ。


 じーちゃん、長生きしてくれて嬉しいよ。

 圭介、泳げるようになって良かったな。


 真奈、幸せにな……。

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