第2話 再び夢の世界へ


 俺は着替えてすぐ喫茶店へ走り出した。


「すいません!」

「いらっしゃい。いい夢は見ることができましたか?」

「あれは何ですか?」

「コーヒーですがそれが何か? 今日もコーヒーで?」


 死んだはずのじーちゃんが生き返った。

いや、生きていたことになっている。


 俺が過去を書き換えたって事か?

そんなバカみたいな話あるはずがない。

きっと何かの間違いだ。


「よい夢を……」


 飲み終えた後、俺は真奈の病室に行き今日も寝顔を見る。

真奈……。



 帰るとポストに同窓会のお知らせが届いていた。

行きたくない、このまま無視するか。


 差出人は圭介。俺の元親友だ。

圭介には海で溺れた所を助けてもらったことがある。

あいつは昔から泳ぎが得意で代表にも選ばれる位だった。


 俺が海でおぼれたとき圭介に助けてもらったが圭介も一緒におぼれた。

それがきっかけで圭介は泳げなくなった。

そうだ、俺のせいで圭介も……。

 

 あの一件以来、俺は圭介と距離を置いた。

あいつが夢見た水泳選手の夢を俺が壊したからだ。


 圭介は気にするなと言ってくれるし、以前と同じように接してくれる。

でも、周りのみんなはそうじゃない。


 その日の夜、俺は圭介の事を考えていた。

もし、あいつがまだ泳げたら。

もし、あいつが高校でも水泳をしていたら。

もし、俺があの時溺れなかったら……。


 気が付くと俺は夢の世界に旅立っていた。



「沖のブイまで競争な!」


 水着を着た圭介がゴーグルをつけようとしている。

懐かしい、そんな気持ちになる。


「競争?」

「早く戻ってきた方がかき氷おごりな!」


 思い出す。俺は圭介と競争をしている途中でおぼれた。

そして、気が付いた圭介が俺を助けようとして一緒におぼれた。


「行くぞ! よーい、どん!」


 圭介が先に砂浜を走り、海に向かっていく。

この風景どこかで見たような。負けてもいい、ゆっくりと泳ぎ切れば大丈夫。


 圭介はすぐにブイまで到着し折り返してきた。

ゆっくり泳ぐ俺は途中圭介とすれ違う。


「遅い! 本気出してるのか?」

「こっからスパートかけるんだよ。お前こそ俺に抜かれんなよ」

「負けるか! 先に行くぜっ」


 俺がブイに着く頃には圭介は砂浜で俺の方を見ながら手を振っている。

これで圭介がおぼれることはない。

俺はゆっくりと砂浜に向かって泳ぐ。


 が、戻る途中溺れる。

やっぱり夢でもおぼれるんだな。海に沈みながら上を見上げると圭介ではなくライフセーバーの人が来てくれた。

抱きかかえられ、すごい速さで海面に向かって浮き上がっていく。


「ぶはぁぁぁ!」

「大丈夫か!」

「はぁはぁ」

「息はできているみたいだな」


 俺はすぐに救護室へ連れていかれた。

夢の中でも溺れるとか嫌な夢だ。


 と、ここで目が覚めた。

はっきりとした夢。でも、俺の記憶にある風景をそのまま映したような夢だった。


──プルルルル


 スマホが鳴る。


「はい」

『明人か、同窓会来るんだろ?』

「圭介か。俺は行かないよ」

『なんでだよ、一緒に行こうぜ』

「行かない。俺だけだぜ高校行ってないの」

『気にするなって。絶対にこいよ、トロフィー見せてやるからよ』


 トロフィー?


「何のトロフィーだ?」

『県大会優勝トロフィー』

「大会? お前何の大会に出たんだ?」

『何って、自由形二百だけど?』


 耳を疑う。圭介が水泳を?


「泳いでるのか?」

『俺から水泳取ったら何が残るんだよ? 同窓会絶対に来いよ! じゃーなー』

「あっ! ちょっと──」


 こっちの話が終わる前に電話を切られる。

圭介が水泳をしている? あいつ、泳げるようになったのか?

階段を降り台所にいた母さんになんとなく聞いてみた。


「母さん、圭介って覚えてる?」

「あぁ、水泳部の?」

「あいつおぼれたよね?」

「おぼれたのはあんたでしょ? しかも、あれがきっかけであんた、泳げなくなったって」

「はい?」

「水に入るのが怖いって言ってなかったけ?」

「そう、なんだ……」


 確定だ。あの夢は過去を変える。

しかも書き換えたてしまった事象は自分に降りかかってくる。


 でも、じーちゃんも圭介も絶対に今の方が幸せだ。

俺が原因で作ってしまった不幸なことを、俺は何とか出来た。


 ……真奈。

そうだ、真奈もこの方法だったら助けられるんじゃ!

過去に起きたことをなかったことにすれば、真奈は元の姿に……。


 その代償として、俺が寝たきりになる。


 問題ない。真奈がもとに戻るんだったらこの命は安い。

真奈、俺が絶対に元の姿に戻してやるから。


「母さん、ちょと出かけてくる!」

「起きたばっかりで、どこに行くの?」


 もし今夜夢で過去を変えてしまえば、俺はあの日から今日まで寝たきりになってしまう。

そうすれば母さんとも父さんも、みんなと話すこともできない。


「母さん、今夜カレーが食べたい」

「カレーでいいの?」

「母さんの作るご飯で一番好きだから」


 俺は玄関を出て、喫茶店を目指す。

間違いない、夢を見れば過去を書き換えられる。


 じーちゃんも圭介も俺が知っている記憶とは違う。

今この瞬間も夢なんじゃって思うけど、それでもいい。


 真奈を助けたい!


「コーヒー下さい!」

「いらっしゃい」


 この喫茶店で俺以外の客を見たことがない。

きっとこの場所そのものが何か特別な場所で、俺は選ばれた人間なんだって思う。


「三杯目だけど、いいのかい?」

「何か違うんですか?」

「二杯まではサービス。三杯目のお代はちょっと高いよ」


 なんだそれ?


「聞いてないですよ?」

「いえいえ、メニューにしっかりと書かれております」


『三杯目からあなたの人生半分頂戴いたします』


「なんですかこれは……」

「書いてある通りですよ。三杯目からはあなたの人生、半分を代金として頂戴いたします」

「俺の人生半分?」

「そう、半分。あなたの人生の半分をいただきます」


 俺の人生半分。人生半分で真奈が…。

ずっと一緒にいた。これからもずっと一緒だと思っていた。

真奈には俺の想いを伝えられず、永い眠りについてしまった。


 俺の命で真奈が助かるなら安いもんだ。

俺はあいつを助けたい。


「コーヒーをお願いします」

「ありがとうございます。では、いい夢を……」


 コーヒーを飲みほし、俺は店を出る。

きっと、真奈を見ることができるのも今日が最後。

今夜夢を見たら、恐らく事故にあうのは俺。

そして、寝たきりになるのも俺になるはず。


 病院へ行き、真奈の顔をじっと見つめる。

お前の笑顔が好きだった。いい人と巡り合えますように。

真奈の幸せを願い、俺はそっと彼女にキスをした。


 そしてその夜、俺は夢の世界へ飛び立つ。

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