IF ~もしも彼女が助かるなら~
紅狐(べにきつね)
第1話 彼女と交わした最後の言葉
中学三年の夏休み。僕は勇気を出して幼馴染を誘った。
夏祭りの打ち上げ花火を二人で見たかった。
「来年も見にこようね」
浴衣姿の幼馴染は小学校からの付き合い。
ずっと同じクラスだった。
そんな彼女に僕は恋をした。
お互い同じ高校に行こうと約束し、中学最後の夏に一緒に花火を見ることができた。
「これから受験だね、
「してるさ。
彼女は僕の事をどう思っているのだろう。
すっかりと時間も遅くなり帰路に就く。
「じゃ、またね」
「おう。またな」
家に帰った後、自宅の電話が鳴る。
親が出たらしく数分話してすぐに電話を切った。
電話を切った後、親は俺に出かける準備をさせ何も言わず家を出た。
終始車の中は無言、ついた先は私立病院だった。
俺、何かの病気かのか?
連れていかれたのは病院にある一室。
そこにはさっきまで一緒にいた真奈が寝ている。
俺の心臓は爆発しそうになった。
「帰る途中に、事故に巻き込まれて……」
白いワンピースの寝間着を着て、真奈は目を閉じている。
隣にある機械が、真奈の鼓動を俺たちに伝えていた。
「一命はとりとめたって。でも、いつ目を覚ますか……」
真奈の両親は涙ながらに話をする。
俺も聞いているだけで言葉が出なかった。
俺はその日から無気力になってしまった。
夏休みの間はずっと部屋に引きこもり、学校が始まっても行く気力が出なかった。
毎日毎日胸が痛い。
俺が花火に誘ったから。
俺が家まで送らなかったから。
俺がもっと早く帰ろうと言っていれば。
真奈は今も俺の隣にいた。俺のせいだ……。
そんなことを毎日考え、高校受験は失敗。
毎日何も考えず、ただ生きている。
「明人、今日もお見舞いに行くんだろ?」
ほとんど毎日真奈のお見舞いに行っている。
家と病院を往復する。真奈は話すこともなくただそこに寝ていた。
上下に動く胸、そして聞こえてくる心電図の音だけが真奈が生きているんだと実感できた。
声も聞けない。目を開けることもない。
俺にあの笑顔を見せることは、もしかしたら二度とないのかもしれない。
病院から帰る途中、普段は目もくれない古い喫茶店が目に入った。
何かに呼ばれるように店内へ入る。
静かな店、薄っすらとテーブルの上のランプが光っているた。
「いらっしゃい。うちはコーヒーしかないがいいかね?」
白髪の老人がカウンターにいる。
「はい」
しばらくすると真っ白なカップに注がれたコーヒーが出てきた。
「イフ、というコーヒーです」
「イフ?」
「こちらを飲んで、夜見たい夢を願ってみてください。いい夢が見れると評判なんですよ」
安眠効果のあるコーヒーなんて聞いたことがない。
飲んでみると心なしか懐かしい味がした。
「よい夢を……」
マスターに見送られ家に帰る。
いつもと同じ風景、いつもと同じ家族。
俺の周りは何も変わらない。たった一つのことを除いて。
「おじいちゃんのお墓参りどうする?」
「そうねぇ、今年は明人も連れて行こうかしら」
行きたくないが、俺に拒否権は無い。
なにしろじーちゃんが死んだ原因を作ったのは俺なのだから。
「明人が木から落ちたときよく受け止めてくれたよな」
「そうね。入院し始めたときは元気だったのに、結局退院することが──」
そこで両親は話をやめた。
俺の祖父は木から落ちた俺を受け止め、そのまま骨を折った。
すぐに入院となったが結局ずっと入院しっぱなし。
きっと骨折が原因でどこか具合を悪くし、そのまま死んでしまった。
もしかしたら、俺が木から落ちなければ今でも元気だったのかもしれない。
俺は人を不幸にする男なんだ。
「明人、明日でもいいから一回実家に電話しておいて」
「わかった……」
できる事ならもう一度じーちゃんと虫取りしたかったな。
そして、その日の夜じーちゃんの夢を見た。
まだ小さかった俺は虫取りのために、川沿いにある木に登ったんだ。
朝早くに行くとカブトムシが集まる木があると言われ、早起きしたのを覚えいている。
「じーちゃん! たくさんいる! とっていいの!」
「なんぼでもとりなぁ、気をつけるんだぞー」
「わかってる! おぉ! あっちにクワガタが──」
思い出した。このクワガタを取ろうとしたときに足を滑らせたんだ。
そして、木から落ちた俺をじーちゃんは受け止めてくれた。
取りに行っちゃダメだ!
「じーちゃん! あっちにでっかいクワガタがいる!」
「そっちは枝が細いからこれを使いな」
取り網を渡され、俺は無事にクワガタをゲット。
「じーちゃん取れた!」
「よかったなぁ、気を付けて降りてくるんだぞ」
俺は虫かごに取ったクワガタを入れ、木から降りようとする。
──ッガ
足を滑らせた。なんだ、結局木から落ちるんじゃないか。
──ドサッ
「明人っ! 大丈夫か!」
「あ、足が痛い……」
夢の中で木から落ち怪我をする。
なんで夢の中まで……。
救急車の音が聞こえ、俺は運ばれていく。
目を閉じ、揺れる救急車の中でじーちゃんが俺に声をかけてくる。
「明人、大丈夫。すぐに治るから」
じーちゃんの目がとても温かく、優しさがあふれていた。
じーちゃん、長生きしてほしかったな……。
──ピーポーピーポーピーポー
家の外で救急車が通り過ぎていった。
ふと目が覚め、日の光を感じ朝になっていたと気か付く。
木から落ちて足を怪我する。嫌な夢だ。
いい夢が見れるコーヒー? すっかりだまされてしまった。
ボーとする頭をかきながら階段を降り、台所に行く。
「おはよう、朝ごはん出すから実家に電話よろしくね」
じーちゃんの墓参りか。今年はお盆に帰るっていえばいいんだな。
「もしもし、明人ですが」
「おぉ、明人か! どうした?」
耳を疑う。おじさん? いや、この声は……。
「じ、じーちゃん?」
「ん? どうした明人?」
死んだはずのじーちゃんが電話に出た。
鼓動が高まり、俺は無言のまま電話を切る。
──プルルルル
目の前の電話が鳴っているがとりたくない。
「明人、何ででないの!」
「で、出たくない!」
俺は母さんの声を振り切り、階段を駆け上がる。
廊下から母さんの声が聞こえる。電話は誰からだ?
「義理父さん、ごめんなさいね。明人ったら急に電話切ってしまって。えぇ、お盆にはみんなで行きますので──」
なんだこれ、絶対おかしいだろ!
じーちゃんが生きている? そんな馬鹿な!
俺は恐る恐る母さんに聞いてみた。
「母さん、俺小学生の時木から落ちてじーちゃん骨折したよね?」
「なにいってるの? 木から落ちて骨折したのはあなたでしょ?」
「あんたしばらく松葉づえで大変だったわね」
「そ、そうだったね……」
押入れから出した昔の写真。
それを見ると、確かに俺は足にギブスをして杖を使っている。
俺にはそんな記憶はない。どういうことだ?
『夢を願ってみてください』
『もう一度じーちゃんと虫取りしたかった』
ま、まさか……。
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