旅行
新幹線での長い旅路を終え古都に辿り着く。
入り口近くから見上げても全容が分からないほど巨大な駅だけで胸が高鳴った。そして振り向くと正面には古き良き街並み。何処をどう見渡してもワクワクが止まらなかった。
「おい行くぞ」
「あー、ごめん。待って今行くから」
右横から聞こえてきた友達の声に、慌ててその場を離れ彼の背中を付いていく。宿を予約したのは友人で旅行の段取りをしたのも彼だった。
彼が話す観光地のうんちくを聞きながらアスファルトの道を歩いていく。
同行人の言うことはあまり耳には入らなかった。視界に映る街並みはとても綺麗で新鮮で思考が世界に染まってしまったのだ。
「何処行く?」
ホテルに荷物を置いて建物の外へ出る。
すると気を利かせた彼が話し掛けてきた。
「やっぱここに来たら仏閣か……。いや先に飯か」
「ばーか。まずはタワーに決まってんだろ」
自分が迷うことが分かっていたかのように友人は目的地を決める。
決まってんなら最初から聞くなよな。
少しだけむっとするものの、これが旅行であることを思い出して首を振る。折角の体験なのだから嫌な感情で潰してしまうには惜しかった。
身軽になった体でバスに乗り町を象徴する塔へと辿り着く。数百年以上前に出来た建物らしく外見は汚く古い。しかしながら石造りなだけあって所々の欠けが気にならないくらい強固に見えた。周りのビルにおかげで高さは大したことはないものの、自然と目を引く人工物である。
旅行に来てから圧倒されてばっかりだ。
「すげぇよな。度肝抜かれるぜ」
「……うん。本当に」
見上げるだけで自然と溜息が出た。
このタワーを作るのにどれだけの人の情熱と力が使われたのだろうか。そう思うだけで魂が抜かれていくようだった。
「行こうぜ」
言葉と共に友人からチケットを渡される。どうやら受け付けで買ってきてくれたらしい。
「ありがと」
お礼を言うが何とも思っていないようだった。
「階段とエレベーターどっちで登る?」
「あー、折角だから階段にする?」
「マジかよ。まあ付き合ってやるよ」
文句を言いながらも付き合ってくれるらしい。
二人してタワー前の係員にチケットを渡し石の階段を登っていく。流石に数百段もある階段に付き合ってられないのか、階段を登る物好きは二人以外にはいなかった。
膝がしんどくなってきた。
何時まで続くんだこれは。
まだ半分も登っていなかったが既に息は切れ足はがくがくと震えていた。
「おい置いてくぞ」
「いやちょっと待って……!」
友人は重力なぞ感じていないかのようにスイスイと上がっていく。かなりのハイペースで、息が切れている体ではどうにもならなかった。
「薄情な……」
踊り場で息を整える。すると自然と美しいという言葉が陳腐に思えるほど最高の光景が視界に入ってきた。
汚い世の中を忘れさせてくれるほどの絶景。コンクリートで出来たビルはあるものの、町は極力古き良き情感を意識しているのか統一感がある。それも規則的に並んでおりこの国の美しさへの情熱が垣間見れた。
高い旅行代金に後悔することもあったけど来てよかったなぁ。
「おい!」
「うわぁ!?」
突然左側からの声に驚き後方へバランスを崩してしまう。そして最悪なことに自分が休んでいたのは階段のすぐそば。重力に引かれて落ちたと思った時には、視界は遥か彼方の空が映っていた。
あ、やっちまった。
でも……綺麗だな。
青い空──か。
「痛っ!?」
何処までも透き通るような仮初めの空に見惚れていたところで現実はやって来た。
仮想現実が巻き起こした背中の痛みによって目が醒める。咄嗟に背を押さえたが持続的な痛みはない。そのままボロボロのベッドの上で首に繋がれた端子を外すと重苦しい息を吐いた。
高かったんだけどな旅行代。
台無しだ。
一度脳が覚醒してしまえば人工的な夢は見られない。数百年前の故郷に行くにはまた金を貯めて経験という名の夢を買うしかなかった。
はぁ。
本当に今は最低だ。
ボロボロの天井のすきまから見える今現在の空は何処までも汚かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます