希望

「次の方ー」


 今日も元気とは言えない声で仕事をする。

 彼女の名前はクリューゲル。新米女神である。数多に存在する神の中では生まれたての赤ちゃんに等しいものの、紛れもなく神の1人だ。

 まだまだフレッシュな新人女神のはずなのだが、彼女の心は退屈で溢れていた。


 ダルい。

 めんどくさい。

 帰ってブルドーザが住宅地を粉砕する動画でも見ながら酒を飲みたい。


 倦怠感が体の中から溢れてきてつい溜息を吐きそうになってしまったのを必死に堪える。何時ものように「こんなはずじゃなかった」と心の中で毒を吐いた。

 彼女がこんなにもやる気の無い女神になってしまったのは主に配属のせいだ。クリューゲルは人間と関われる仕事なら何でも良かった。神の慈悲を求める哀れな人間達の惨めな様子を高い位置から見ていたかったのだ。

 それなのに実際にまわされたのは動植物の転生をサポートする部署。多少感謝されることはあっても彼女が望んだものではなかった。


 結局希望なんて通らない。

 神であろうと全てが思うようになるわけじゃない。

 この世は不平等だ。


 そんなことは最初から分かっていた。だが、小さな欲を望んでしまうのは神であっても一緒だ。


「お願いします」

「はーい」


 声と共に瞬時に目の前に現れた魂をチラ見し、彼が来世で望むものを読み取る。


 大富豪の親を持つ金髪巨乳の美人で品行方正、文武両道、と。

 ―──────―はぁぁぁぁ~。

 頭涌いてるのかな?

 前世で怠惰な人生を送ってきた人間がもって良い願望じゃないでしょこれは。一回人間に生を受けたこと自体がいかに恵まれていたかを分からせた方が良いわね。


「来世では幸せになれると良いですね」


 クリューゲルは紛争地帯の雑草にすることに決めると、魂に情報を付加し次の神の元へと送った。女神らしい振る舞いは欠かさなかったものの、1ミリも思ってもいない歯が浮くような台詞を吐く自分に嫌気がさした。


「次の方ー」


 あら?


 犬の魂である。

 情報を読み取った限り、四歳ほどで病死してしまったようだ。


 むむむ?


 来世に余程願望があるのだろう。こと細やかな設定に加え、律義に膨大な量のパラメータに具体的な数値を振ってある。

 前世の生きた軌跡を元に算出したポイントを来世の人生像に設定するのは最も要望が通りやすい。勿論いくら細かく設定したところで全部が全部通るわけではないのだが、それでも数値を使って出しているだけで説得力があるのだ。


 なになに。前世の飼い主だった女の子の娘に産まれかわりたい。記憶の保持はせず、容姿も普通。才能には特に手を振れないけど、運にそこそこ欲しいと。


 クリューゲルは「うーん」と声に出して唸った。

 正直なところこのまま通しても問題はない。転生には亡くなった年から50年が経過していないとポイントを非常に多く持っていかれる。しかしその点は病死及び早死にという不幸が相殺しているのだ。容姿も才能に拘りがないというのと来れば、あっさりと承認される事案だろう。

 しかし納得がいかない。何か、という訳ではないがつまらない。


 欲望に正直過ぎるのも問題だけど、欲が小さすぎるのも考え物ね。


 役職権限を駆使して魂が作成した設定の修正権限を得る。そして、女神クリューゲルの名の下に彼女が追加で付与出来るポイントを魂に付け加えていく。


 元の飼い主の容姿はそこそこ良い。

 と、なればもう少し美貌にステータスを振って、と。あとはより良い人生を送れるようにもう少し人間関係と金銭周りのパラメータも上げて。

 それに――、


 最後に性格に一文付け加える。


「これで結構です。来世では幸せになれると良いですね」


 また何時もの決まり文句を告げてわんこの魂を送り届ける。

 彼の行く末が少しだけ気になったが下界の様子は女神の力で覗き見ることが出来る。暇な時にでもこっそり覗いてみるのも良いだろう。

 人間以外の動物にはつい甘くなってしまうのがクリューゲルの良いところでもあり、悪いところでもあった。


「クリューゲルさん。お昼に行きませんか」


 それから数十ほどの魂とやり取りしたところで、唐突に先輩女神の声がした。クリューゲルが承認した魂に問題が無いか確認する部署で働く神であり、クリューゲルの上司にも当たる。


「はい、是非」


 正直一人でスープスパでも食べたかったが上司の直々の誘いとなれば断り切れない。クリューゲルは仕方無く同行することにした。


「そういえば貴女の新しい配属先が決まりましたよ」

「──はい?」


 共に空間転移しながら唐突に言われる。

 まったく予想していなかっただけについ聞き返してしまった。


「だから新しい配属先ですよ。今の業務は新人女神の研修みたいなものですし、もう貴女も一人前ということですよ」

「それで次の配属先は?」


 転移した先で聞くなり、先輩が小さく口角を上げる。


「貴女が行きたがっていた下界です」

「──!? 本当ですか!」


 これでやっとつまらない仕事から解放される!


「えぇ、具体的な場所や時間は追って通達があります。それにしても貴女に相応しい業務で良かったですね」

「そうなんですか?」


 やったー。これは確定だ。

 とうとう人類の上に立てるぞ私っ!


「詳しいことは私も分かりませんが犬関連らしいですよ。良かったですね」


 は……?


 飛んできた言葉の衝撃に耐えきれず目が点となる。


「先程貴女が補正した魂も生前は犬でしたし、本当に好きなんですね。そうでなくとも相手を思いやった良い仕事でしたよ」

「ぇ、あ、はい。そうなんですよ、あはは……」


 笑って誤魔化すものの全然納得出来なかった。こんなことならば最後の一文を付け足すべきではなかった、と心底後悔した。


『犬のように人懐っこい性格』なんて。


 神であろうと人であろうと犬であろうと、自分の希望というのは中々思った通りにはならいものである。

 と、クリューゲルは重苦しい息を吐きながら思った。


「ところで今日のお昼はスープスパゲティでも宜しいですか?」

「あらら、ごめんなさい。昨日偶然食べちゃったの。悪いけどリゾットにしましょう」


 クソがッ!!!!

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