ネットワーク

 インターネットの誕生から半世紀以上が経過した。最初はアメリカの大学同士を繋ぐ小さなネットワークだったものは徐々に拡張され、今や世界規模となった。

 インターネットが人々に浸透した結果、生活は豊かになった。例えば簡単な調べ物は図書館や書店に足を運ばなくとも良くなり、飲食店の予約にも電話を使うことは少なくなった。他にも様々な利点があるが、悪くなったことも確かに存在している。

 SNSの普及によって人と容易にコンタクトが取れるようになったが、一部の攻撃的な連中や頭が悪い人間が起こすトラブルもまた多い。また印刷やメールといった通信技術が発達したことによって一部業務が非常に楽になった結果、一日の作業量が一昔前に比べて倍以上に増えてしまった。


 かくいう自分もネットの発達によって、膨大に膨れ上がった業務内容に頭を抱えている一人だ。


 働き詰めで心底疲弊している。壊れてしまう前に休みを取りたいが代わりがいない。もし関係者に休みたい旨を告げれば大騒ぎになるだろう。


 しかしもう限界だ。

 一日で良い。

 たった一日だけで良いのだ。


 必死に堪えていたがとうとう我慢出来なくなり休暇を取ることを決意する。しかしながら少しだけ踏ん切りがつかない。やろうとは思っても今後のことを考えると、まだ勇気がたりないのだ。


 そういえばこう言う時は誰かに相談すれば良いらしいな。


 自分には親兄弟どころか友人すらいない。言えばたちまち怒りを飛ばしてくるであろう関係者には言えるはずがない。と、なればだ。

 自分はインターネットの掲示板サイトにアクセスし、仕事関係の悩み事スレッドを探し当てた。幾つか似たようなものはあるが、なるべく攻撃的なコメントが少ないもの見ていく。


 これだ……!


『仕事の愚痴を吐きたい奴は集まれ』というスレッドに入る。どうやらスレッドを立てた人物がひたすら励ましを送るという趣向らしい。愚痴の内容が酷いものに対しては稀に他の人間もアドバイスを送っていることから、スレッドの民度はかなり高いことが分かった。


『ありがとう。少し心が楽になった』

『>>361 役に立てて良かったぜ』

『俺も仕事辞めたいんだけど、どうすれば良い?』

『>>363 ここに辞めたいと書いてる時点でもう心が決まってるだろ。明日辞表出してこい』

『雑過ぎないかwwいやでもそうだわサンクス』


 スレッド主の受け答えはかなり早い。この分なら今書き込んでもすぐに返信が来ることだろう。


『仕事が忙しすぎて心が辛いです。一日だけでも良いから休みたいのですが、代わりとなる人がいないため難しそうです。どうすれば良いでしょうか?』


 なるべく丁寧な文章で書き込んでみる。そしてそのまま意を決すると、『送信』ボタンを押下した。


『>>370 そのまま続けてたらどのみち病んで休むことになるんだから気にせず休め。会社の都合を気にしている暇があったら自分の体を労わってやれ』


 言われてはっとする。確かにこの人間の言う通りである。仕事を続けてどうせ潰れるぐらいなら怒られてでも休暇を取った方が良いだろう。大体今の仕事の精度の劣悪さを個人に求める方がどうにかしている。


『>>372 ありがとうございます。仰る通りです。自分の体の方を大事にしようと思います』

『一個人の無茶なんてするもんじゃねーよ』

『何事も気楽に考えるのが一番』

『ほんまそれ。仕事なんて適当でいいわ』


 ……ありがとうございます。


 次から次へと飛んでくるアドバイスに感動し心の中で一礼する。そしてこれ以上自分の下らない悩みに付き合わせるのもどうかと思い、静かにウィンドウ右上の×ボタンを押下した。


 何時振りの休みだろう。

 楽しみだな。


 23時55分。胸が躍る懐かしい感覚に心を震わせながら業務をこなす。そこで少しだけお茶目な発想が過ぎり、予約機能を利用して実行に移すことにした。

 今か今かと時刻を気にしていると、とうとう渇望していた日が訪れた。


 あぁ、この日をどんなに望んだことか。

 折角だから思いっきりリフレッシュしてこよう。


 思うや否や、自分は意識を深い闇の中へと消し去った。

 と同時に、世界中の有線・無線問わず、ネットワークと名の付くものは全て機能が停止した。今や通信機器は無くてはならないものになっているだけあって、個人が持つPC・スマホに限らずあらゆる通信媒体は半分ゴミ同然になり、電話でさえ使用出来なくなった。通信を断たれたことによってコミュニケーションや調査手段がなくなり、企業どころか政府も役割を果たせなかった。

 全ての通信インフラが役立たずになったことで、世界はたった一夜にして混乱の渦の中へと叩き込まれた。どこそやの著名な学者が捻り出した予想によると、今日一日による経済的損失は軽く兆を越える額だという。

 そんな地獄のような日が日本時間で9時を迎えようとした時、無用の長物と化したありとあらゆる端末のモニターに謎の言葉が映し出された。


『お疲れ様です、ネットワークです。申し訳ないですが、今日は体調悪いので休みます』

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