税金
とある国の中心地。一人の男が周囲の迷惑を気にすることなく叫んでいた。
「俺は年間数百万以上税金を納めている者だ! 皆も多かれ少なかれ国に税金を払っているだろう! だが、この国のインフラも福利厚生も一向に改善されていない! 何故だ!」
男は矢継ぎ早に国の方針に異論を唱え続けるが通行人は誰一人として耳を貸さなかった。そして半時に渡り持論を述べ、愚劣な民衆に対し苛立ちが込み上げてきた時である。
「君の言い分は分かった」
明らかに不潔そうな老人が話し掛けてきた。髪は白髪が混じり、大きなふけが散乱している。頬はこけており髭も手入れされているようには見えない。不思議なことに着ている白衣だけは下ろし立てのように綺麗だった。
「誰だアンタは」
「誰だって良いではないか。もし君に勇気があるのなら私に付いてくるといい」
老人はそう言うと一方的に話を切り上げ歩きだした。男は不審に思ったものの、今日の予定が特に無いことに加えて老人の真意が気になり後を追うことにした。
地面が凸凹した薄暗い路地を進み、ごみ捨て場の隣のドアから雑居ビルへと入っていく。床のタイルは所々剥がれており、蛍光灯の二つに一つは役目を失っていた。
「まだ着かないのか」
「もうじきだ」
簡素な返しに悪態の一つでもついてやろうかと思ったものの留まる。老人の言う通り会話を交わしてからあっという間に着いたからだ。
「ここは?」
「私の研究室だ。とは言っても今日で用済みだがね」
到着した部屋は汚部屋と言うに相応しかった。大きさは学校の教室ほどで書類や筆記類が床に散乱している。唯一の机はカップ麺の容器と空のペットボトルで溢れかえっていた。だが、室内で一番目を引いたのは中央にある怪しげな機械だ。
コピー機、いや発電機か?
だがあのアンテナはなんだ?
「これは特殊な電波を送り、特定の人間の細胞を消滅させる装置だ」
言われて男は一瞬硬直した。しかしながら瞬時に己を取り戻すと、老人に訝しげな視線を送った。
「嘘をつくな。そんなことが出来るならばアンタは何だってなれるじゃないか」
何処にいようとも殺人が可能。そんなことが出来てたまるか。下らない。
「嘘ではない。疑うというなら試しに使用してみればいい」
言って老人はコンソールパネルのようなものの前に立ち、軽やかな動きで入力を始めた。途端、機械が排気音を奏で始める。
「ここに私の個人データを入力してある。あとはこのボタンを押せば私は世界から消える」
老人の言っていることは何一つとして信憑性は無い。だが彼の目は鋭く、騙しているようには見えなかった。
「……一つ教えてくれ。その装置が本物だとして何故俺なんかに教える」
「君が昔の私と一緒だったからだよ。この国の未来を憂い、膿を駆除しようと立ち上がった者。残念ながら私の方は折れてしまったがね」
それから老人は場所を譲るように横にスライドした。男は恐る恐る老人が居た場所へと移る。
「さあそのボタンを押し、この国を良き方向へと導くのだ」
「アンタは一体何なんだ?」
「そんな下らないことは全てを終えてから考えたまえ。君が真にこの国の未来を思うならば」
男は半信半疑のままパネルに指を近付ける。
もしこの装置が本物だとしても老人が望んだことだ。俺には関係ない。
心に言い訳をしてボタンを押す。
刹那──、
消えた──!?
老人の言っていたことは本当だったらしい。先程まで老人が立っていた場所には彼が着ていた服だけが落ちていた。まるで神隠しにあったかのように老人だけが消えていたのだ。
「まさか本当だったとは」
自分のしてしまったことの大きさに男の身体は震え──てはいなかった。
……どうでもいいな。
男は特に気にすることなく、装置をどう使うかだけを考え始めた。
「まずは汚職をしている政治家を消すか。いや、それだと大多数消える可能性がある。いずれ消すにしろ国の舵取りが出来なくなるほど消えるのはまずい」
と、なればだ。
男は以前から思案していたことを素直に入力した。
この国にはろくに税を納めずに制度の恩恵を受けている者達が非常に多い。消すべきはまずは不要な人間達の排除だろう。
「この国の税金を納めている者のうち、全体の納税額の10パーセント以下の者、と」
男は説明書を手に取り慎重に設定入れていく。そして、最後にもう一度考えると躊躇い無くパネルを押した。
同時に、男が住む国の人口の90パーセント以上の人間が消滅した。
男も消えた。
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