第54話 僕のことが好きなの?

 目の前にいるのが、あのマリー嬢なのだろうか。


 そう思うほど、カーティスがこれまで目にしていた姿とは違っていた。

 氷のような冷たさは一切なく。

 つん、とした素っ気なさもなく。

 かといって気さくな雰囲気でもなく、あろうことか自分に好意を抱く女性たちと同じ空気を纏う。


 自分を見て恥ずかしげに目を逸らす女性の姿はこれまで何度も見たことがあったのに、全然違う。

 これまで申し訳ないなとしか思わなかったそれが、マリー相手では心が大きく揺さぶられた。

 嬉しさと喜びとで心臓がぎゅっとなる。


 つまり、そう、かわいすぎた。


 照れというのはうつるんだろうか、とカーティスもまた盛大に照れていた。


 同じテーブルを囲み、所在なさげにお菓子をむさぼるミアには心から感謝をする。

 離席を申し出たミアを引き留めてしまった。

 間に挟まれるのは居心地の悪いことだろうと思うが、この状態ではどうすればいいのかわからず二人きりになりたくない。


「あの、マリー嬢……その」

「~~~~言いたいことがあるなら、言えばいいでしょ!?」


 噛みつくようなセリフもその顔では威力は無い。

 しかしせっかくなので、言わせてもらうことにした。


「マリー嬢は、僕のことが好きなの?」

「……っ」


 何かを言いかけて口をつぐむ。

 そのマリーの姿を見て思わず顔を覆いたくなる。


 何度でも見ていられる。


 にへらと顔を保てていないカーティスと、真っ赤な顔で体裁が保てていないマリーは、お互いに目を合わせては目を逸らす。


 それを見守り続けたミアは、すでに一通りのお菓子を食べ終えていた。

 できる限り邪魔をしないように息を殺して食べたのだろうお菓子は、見慣れない珍しいものばかりだというのに、表情はぴくりとも動かなかった。


 ミアはカチャリとカップを置く。


「いつまでもこんな……マリーらしくない」


 ぼそっと呟いて、カーティスに身体を向けた。姿勢を正し、口を開く。

 ミアも呆れていたのかもしれない。


「──カーティス様。実はマリーも、カーティス様に一目惚れなんです」


 そう真剣な顔で暴露した。




 数秒置いて、まず一番に慌てたのはマリーだった。


「ミアーーーーーーっ!?」


 何を言い出すのかとばかりにマリーは叫び、ミアの口を閉じようと手を伸ばすが、もう遅い。

 しっかりと聞き取ったカーティスは覆されてはたまらないと何度も確認した。


「え、本当に? 夢じゃなく? 自惚れでもなく?」

「はい」


 真面目な顔で頷くミアは誰よりも信用できる。

 自制しなければと思いながら、頬が緩んでいくのを感じていた。


「でも、だったら、どうして」


 僕の気持ちに応えてくれなかったのだろう。


 カーティスはマリーを見たが、彼女はさっと向こうを見る。

 話したくないのか、そっぽを向いたまま微動だにしない。


 そこへ現れたのは、つい今までいなかった人物である。


「お話は伺いましたわ!」


 アイリーンだった。

 目は少し赤くなっていたが、涙の痕は無い。

 どうやら上手くまとまったようである。

 後ろにいるクラウスもまた心持ち晴れやかな顔をしているようだ。


 良かったと思うのと同時に、アイリーンの話が興味深くて聞き入ってしまう。


「マリーさんはご自身の”氷姫”が、カーティス様に似合わないと思っているそうなのです。なんでもそつなくこなすカーティス様の隣に、上手く笑えないほどの不器用な自分がいてもいいのかしら、と考えていらっしゃるようですね。言ってしまえば簡単ですのに、そうされないのがいじらしいところでしょうか。ふふ、わたくしには理解できませんけれど」

「~~~~アイリーンさん!」


 あわあわと遮るマリーの横で、ミアは冷静に首を傾げた。


「そのお話、秘密にされるのではなかったのですか?」


 自分の口から出た秘密の方はすっかり棚に上げている。


「あら、さきほどのお返しですよ。──ねえ、マリーさん」


 口端を上げて笑うアイリーンは、大層意地の悪い顔であった。

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