第51話 僕のせいにするんじゃない
目の前にはきゃっきゃっと笑う、彼女たち。
知られたくなかった。
知られるわけにはいかなかった──まだ。
アイリーンは眩暈を覚えながら、騒ぐ彼女たちを落ち着かせようと声をかける。
「お待ちになって。急に、どうしてそのようなこと……」
「急にじゃないってば。目を見ればわかるのよ!」
マリーが自信満々に胸に手を当てるさまに言い逃れできないことを知る。
「優しいアイリーンさんだけど、クラウスさんには少し違ってて。少し棘のある言い方とか邪険にするのも、気を許しているからってわかるし。辺境伯様のこと、好きなのもわかるけど、どちらかといえば憧れって感じがして。だけどクラウスさんを見るアイリーンさんは、大切なものを見てる感じ」
アイリーンも気を抜いていたつもりはない。
これまで通り、ロイモンドの影に隠れて大切なことを隠してきた。それはこれからも続いていく。
「それはマリーさんの考えであって。わたくしからは、そう思われることもあるのね、としか申し上げられませんわ」
アイリーンはマリーの性質を改めていた。結構な観察眼である。
氷姫を演じるのは人付き合いが面倒だからと言っていたから、あまり得意ではないのかと思っていたが、どうやら逆のようだ。
いろいろなことに気づいてしまうから、付き合うのが馬鹿らしいと感じているのかもしれない。
「でも、」
「案外引き下がりませんのね。人には知られたくないことだってあること、貴女だって理解しているでしょうに」
冷たいことを言った。
これではどちらが氷姫かわかったものではない。
彼女たちは理由を知らないのだ。責めても仕方のないこと。
責められるべきは彼女たちではなく、隠しきれていなかった自分自身だ。
アイリーンはミア、そしてマリーを順に見据え、静かに微笑んだ。
「……伝えれば結ばれる、そんなあなたと一緒にしないでもらえるかしら。あなたとは違うのよ。わたくしのこれは言ってはいけないの」
自分の本心を見破られる。それほど心許している自分に驚き、そしてそんな彼女たちに嘘は吐きたくなかった。
詳細を説明する気はない。が、少し聞いてほしいと思ってしまう。彼女たちを諭して、自分も少し聞いてもらって、また元の生活に戻るのだ。
ずっと心に秘めていた想いの片鱗を吐き出した。
「クラウスを愛しているという戯言など」
そしてアイリーンはこれを再び後悔することになる。
◇◇◇
カーティスとクラウスは待ち合わせ場所であるカフェに足を踏み入れた。
いらっしゃいませ、と出迎えられる。
履いているパンツと同色の帽子を脱ぎながら丁寧に名乗れば、店員は心得た様子で頷いてくれた。
「これは完全に、遅れてしまったよなあ」
「だから早く行こうって言ってただろ、お前がぐだぐだとしているから校長先生なんかに捕まって」
「いやいや、捕まったのはカーティスだろ。俺だって女性を待たせるなんてあり得ないんだぞ」
「僕だってマリー嬢がいるのに。時間も守れない男だと思われたくないんだ!」
「いやあ、どうだろ、あっちはあっちで楽しくしてると思うけどな。アイリーンとかはとくに」
女子会好きだろう、アイリーン。
さらりと言ったクラウスにカーティスは呆れたような目を向ける。
「はあ……お前、わざとか」
「はは、バレた」
その顔は全く悪びれる風もなく、怒る気も失せる。
カフェの店員に案内されながら、貸し切った部屋へと向かう。
階段を上りながら、クラウスは首をすくめた。
「いや、こんなに遅れるつもりはなかったんだぞ。ちょっとだけのつもりだったんだが……お前が校長になんか捕まるから」
「僕のせいにするんじゃない」
「おおっと、怒るな怒るな」
軽口を叩いて、たどり着いたカフェ最奥の部屋──貸し切った部屋のドアノブに手を掛けた。
驚かせようとそっとドアを開けると、アイリーンのイライラとした声が聞こえてくる。
何事かと近づいたカーティスの耳にはっきりとアイリーンの言葉が届いた。
「……伝えれば結ばれる、そんなあなたと一緒にしないでもらえるかしら。あなたとは違うのよ。わたくしのこれは言ってはいけないの。……クラウスを愛しているという戯言など」
アイリーンの前にはミアとマリー。
テーブルの上には、女子会らしく、美味しそうなお菓子とカラフルに彩られたお茶がある。
やはり遅れてきたのは自分たちだけだった、とカーティスは思い、そして非常に間が悪かったことも理解した。
背を向けて座るアイリーンの向かいのミアが、口をばくばくさせて指を差すのはクラウスである。
振り向いたアイリーンの顔が見たこともないくらい崩れたかと思うと、美しい所作はどこにいったのか大きな音を立てて立ち上がった。
カーティスそしてクラウスの隣を颯爽とすり抜け、アイリーンは部屋を飛び出していく。
しん、と鎮まりそうになった空間で、カーティスはクラウスの肩を叩く。
「いいの?」
行かなくて、と顎でドアを示した。
放心していた目に力が戻り、アイリーンを追って部屋を出て行くクラウスを、黙って見送った。
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