第48話 好きなのって、本当なの
言っておくが、と前置きして、クラウスは苦笑する。
「お前に隠してたわけじゃないからな。いつかは言おうと思っていた」
「それ、隠してたってことだろう」
「それはほら、俺の気遣い」
片目を瞑るクラウスに、思い当たる節はあるものだからカーティスは押し黙る。
カーティスが後継者だとわかったのはついこないだの話。
後継者になりたいと愚痴を零したいつかの自分に思いを馳せた。
「……そう言われると、反論できないけど」
「だろ」
朗らかに笑うクラウスは、いつも通りに見える。
「どうする? 話してもいいけど、これから授業だろ」
「……歩きながら、言える範囲で」
「ははっ」
空は青。
丸い雲が浮かぶ空はのどかで、平和そのもの。
そんな中、クラウスは飄々と話し始めた。
「俺が跡継ぎだと知ったのは、十歳のとき。父からこの鎖を渡された」
自身の手首を人差し指で小突く。
そして乾いた笑いを零した。
「ま、俺も馬鹿だったんだよ。幼かったというか。こっそりと渡されたそれを、堂々とウドルフに見せたんだ。そうすることでウドルフに与える影響を考えもせずにな。ただ、こんなものをもらったんだと兄と共有するためだけに。そりゃあ当然ウドルフも怒るよな。長男である自分が譲り受けるはずのブレスレットを弟の俺が持っているんだから」
基本的に、家督の跡継ぎは長男がなる。
長男が矢面に立って家を守り、次男は長男を助けるものだ。
長男が自ら放棄したり病弱であったりした場合はもちろんその限りではないが、当主が次男を跡継ぎだと明言することはそれなりの理由があってのこと。
次男がずば抜けて優秀か、それとも長男がよほど当主に向かないかである。
「俺とは違って、その鎖を俺が持つ意味を正確に理解していたウドルフは、だからこそ俺を恨み、嫌ってる」
歪まない顔と、ぶれない足取り。
クラウスは堂々と太陽の下を歩く。さも自信ありげに、格好良く、女生徒の視線にも対応して。
そんな彼の話す内容が、後継者に関する揉め事だとはきっと誰も思わない。
「俺はさ、別にこんなものいらないんだよ。もっと気楽に楽しくやりたいわけ。そんなに欲しいなら、こんな鎖、すぐにでも渡したいんだが。まあ、当主になりたいお前に言う話じゃないんだろうけど」
「……それ、外れないんだろ?」
「ああ、鍵がかかってる。当主の承認が必要でさ、だから俺にはこれをウドルフに渡してやることができない」
当主が持つ印は特殊で、判を押す以外にも鍵の役目を果たすことがある。
クラウスのブレスレットにも、当主による鍵が掛けられているようだった。
「……なんで、お前の父上は後継者をお前に?」
カーティスの問いかけにクラウスはあっさりと首を振る。
「さあ? 聞いたことないな。興味もない。そもそも俺は当主になるつもりもないからなあ」
カーティスが欲しがっていた地位を、ずいぶん前から手にしていたクラウスを羨ましいとは不思議と思わなかったし、簡単に明け渡そうとする姿に怒りが沸くこともなかった。
興味がないと心から告げるクラウスは、おそらくロイモンドに近いのだ。
自分で望んだわけでもない地位と権力を、ただ渡されたに過ぎない。それはきっと重荷となったはずである。
軽く首をすくめ、クラウスは続けた。その間も足は止めない。
「昔は仲が良かったんだ。それこそアイリーンたちとも一緒に遊ぶくらいだ。しっかしなあ、この鎖のせいで、すっかり関係がこじれてしまったんだよ。まあ考えなく見せた俺も悪いんだけど。それに、アイリーンのことも、大きかった。前にも言ったけど、十二歳のとき、俺の婚約者だと知らされたんだ」
一度嘆息し、その後にやりとクラウスは笑う。
「俺が、ウドルフの好きな女性を奪ったような形になってしまったからな。後継者のことで嫌われているのに、それでさらに嫌われた」
「関係を戻したい?」
「まあ、な。できるなら。しかし無理なら別に構わないさ。そこはもう諦めてる。だけどなあ」
クラウスはがりがりと首の後ろを掻く。
「アイリーンにも迷惑が掛かってるだろ、今。そこは改善したいとは思ってる。身内の事であいつに気を揉ませたくないんだ」
まさしく本音。そう思わせる口調で、クラウスは言った。
アイリーンのことで、ここまで真剣な話を聞いたことがなかったから少し驚く。
けれどアイリーンもまた同様のことを思っているのではないだろうか。憶測でしかないけれど、もしウドルフがアイリーンを気に入ってさえいなければここまで関係がこじれることはなかったのかもしれないのだ。
思いやる二人を勝手に思い浮かべ、和んだカーティスは、ふと思ったことを口にする。
「思うんだけど、ウドルフ殿がアイリーン嬢を好きなのって、本当なの」
たっぷり数秒瞬いて、クラウスは大きく首を傾げた。
あからさまに、こいつ何言ってんだ、の顔である。
「お前も見ただろ? アイリーンへの熱烈な挨拶を」
「ああうん、初めて会った時だろう。アイリーン以外には目もくれなかったからよく覚えてるよ」
「……それでなんで疑問に思うんだ」
まるで馬鹿にしたかのようなクラウスの笑みにもカーティスは言葉を曲げなかった。
「僕には、ウドルフ殿は、普通に接してくれていただろう」
「? ああ、らしいなあ。だが、それはお前に他に好きな子がいて、アイリーンを奪わないと考えたからだろ」
「おそらくね。でも、僕が辺境伯家の跡継ぎだとわかったら態度は急変したんだ」
「!! ……いや、だが」
「わかるよ。クラウスはずっとウドルフのアイリーン嬢への態度を見てきたんだろう。どう見ても好きな女性に対する態度だった、と」
「……そうだ。まだ幼い時……よくみんなで遊んでいた時も、ずっと愛おしそうに見ていたことを俺は知ってる。それが全て嘘だって?」
「もちろん僕はウドルフ殿のアイリーン嬢への気持ちを疑ってるわけじゃない。クラウスが見ていたそれはきっと本当だったと思うんだけど」
幼い頃の気持ちを否定するつもりはさらさらない。
ただ、どこまで、いつまで、ただ純粋に想う気持ちだったのか。
そしてそれを本人は気づいているのか気づいていないのか。
嘘偽りを言っているようには聞こえなかったから、きっとおそらく本人すら気づいていないのだろうとカーティスは考える。
「だが、ウドルフ殿には恋愛よりもずっと跡継ぎ問題が重要なんじゃないかと僕は思う」
淀みなく動いていたクラウスの足がぴたりと止まった。
それに合わせたようにカーティスの足も止まる。
「だからさ、もしかしたらウドルフ殿はクラウスに張り合ってるのかもしれないなって」
カーティスの声は爽やかな風に乗って、クラウスの耳にはより大きく聞こえていた。
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