第47話 隠していること、あるんじゃないの
カーティスはただただうな垂れていた。
そんなカーティスを気遣うこともなく、クラウスは顔をしかめつつ声を張り上げる。
「だから、言ってただろ!?」
授業と授業の合間に移動がてら、カーティスは昨日の出来事を伝えていた。
「だけど、途中までは、ただ楽しく話していたんだ」
「そうは言っても、結局わけもわからず拒絶されたんだろ? 俺は気を付けろと言ってたぞ」
「……けど、本当、急に、だったんだ。それまでは楽しく……」
恋愛相談もしくは惚気話。それに花を咲かせていた。
機嫌を損ねるような会話ではなかったのだ。
「あのなあ、俺はウドルフをよく知ってる。お前よりはよっぽどな。お前があいつの変化に戸惑っているだけなのかショックを受けているのかは知らないが、そういう奴なんだよ」
それは諦めたような投げやりな言葉。
クラウスはきっと何度も歩み寄ろうとして、その度に拒絶されたのだ。命の危機に晒されたことも、もしかしたら一度ではなかったのかもしれない。
「クラウスの言いたいこともわかるよ。だけど、本当に、彼は大丈夫だと思ったんだよ」
「は、嘘かどうか見抜ける、ってやつか」
「そう。でも、最後の、彼が豹変したときは、さすがに関わると駄目だと思った」
こちらを見ているようでいて何も映していない彼の目は、確かにとても危険そうで、カーティスは理由を聞き返すことも引き留めることもできなかった。
もし引き留めていたら、きっと彼のその目に映っただろう。
剣を向けられることはないと信じたいが、前例もある。わざわざ危険を冒すことはできなかった。
「……クラウス殿に、俺の前に顔を見せるな、と言われたんだよ。顔を見せにきていたのは彼の方なのに」
少々口を尖らせて、カーティスは言った。
「それが気に入らなかったのか?」
「まあ、そうかな。だからこんなに気になるのかな?」
「さあな。俺に聞くなよ」
力が抜けた顔でクラウスは襟足を手で押さえた。
ちらりと見えた手首には、シルバーのブレスレットが光っていた。
シンプルな鎖でできたそれには、細長いプレートが付いている。
カーティスは思わずクラウスの手首を掴んだ。
「っおい!」
「ねえ、クラウス。これ、なんだっけ」
叫ぶクラウスを無視し、手首のブレスレットを指す。
以前見せてもらったときには、確かプレートにクラウスの家名が刻まれていた。
普段は気にならないそれが、今はすごく目に留まる。
「ああ……これか。これは父から譲られたものだ。俺はいらないんだが、失くすと困るものらしくとりあえず預かってる」
一瞬目を逸らしたクラウスだったが、すぐにカーティスへと視線を戻した。
忘れていたことをふと思い返すような、ただただ自然な動作だった。
しかしカーティスは誤魔化されない。
「…………一応、確認するけど、クラウス、僕に隠していること、あるんじゃないの」
手首を掴んだまま、カーティスは綺麗に笑ってみせた。
「……どんな」
「そういえばクラウス殿の態度が急に変わったとき、彼は僕に辺境伯の息子かと尋ねてきたんだよ。それまで僕の素性には興味がなかったみたいだけど、公爵家を口にした途端、突然にね」
無言となったクラウスに相槌を求めることもせずカーティスは続けた。
「僕が父上と容姿が似ていることはクラウスも知っているだろう? 父上のことをウドルフ殿もご存じのようでね、たしかに似ている、と。──そして君は跡継ぎか、と」
思えば、その後だ。
その問いに返事をした後に彼は態度をがらりと変えたのである。
「……それで?」
「ああ、うん。それでだ、頷いた僕に、やはりあいつの友人か、と彼は言ったんだ。あいつというのはクラウスのことだろ?」
「だとしたら?」
表情を一切変えないクラウス相手に、綺麗な笑顔は崩さない。
「やはりクラウスの友人である僕はクラウス同様に憎い──とまではいかなくても嫌い、好ましくない、ということかなと思うんだけど、どうかな」
珈琲を混ぜるウドルフの手首には、何もなかった。
譲り受けたものがブレスレットではないのかもしれない。
けれど、ウドルフのクラウスへの敵対心は尋常ではない。
「お前だけが、お前の父君から何かを受け継いだ。そういうことか?」
ややあってカーティスはクラウスの手を離す。
無言は肯定と捉えることにした。
「──お前、跡継ぎなんじゃないか?」
カーティスはクラウスの目を見つめ、クラウスもまた、目を逸らすことはしなかった。
そのクラウスの真面目な顔は、あまり見ない。
短くない時間見つめ合って、クラウスはとうとう長い溜息を吐いた。
「はあああーーーーーーーーーーーー。本当に、お前は鼻が利くのな」
頭を掻きながら言うそれは、自身がクラウスの生家──エーヴァルト家の次期当主であることを指していた。
真面目な顔を解き、いつもの顔に戻ったクラウスは、やれやれと首を振る。
にやっと笑ってクラウスは言った。
「ああ、そうだよ。エーヴァルト家の次期当主は俺なんだ。長男を差し置いて、な」
言いながら手首を掲げて、下がるプレートを見る。
その視線は、嫌々ながらも全てを受け入れたような、クラウスには似つかわしくない貴族らしいものである。
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