第45話 間違いなく本音だったよ
「少し、意味が分からないのだけれど」
頭を押さえてアイリーンが唸る。
ウドルフとの珈琲を終えて、プレゼントまで抱えて気分よく帰ってきたカーティスは、心配そうな顔のアイリーンに駆け寄られたのだ。
どうやら校内の目撃情報からウドルフに連れられたのではないかと、クラウスとミアとともに探してくれていたそうだ。
ウドルフと学校の外に出かけたときはまだ空は明るかったが、今はもう薄暗くなってきている。
結構な時間、彼女らに探させてしまっていた。
「わたくしは、カーティス様を、心配して、いたのですけれど?」
学校に戻って早々、嬉しそうにプレゼントを掲げて見せたところ、アイリーンの機嫌は見事に急降下した。
笑顔が怖い。
「申し訳なかった……。が、特に危険なことはなかったから」
大丈夫だ、とも続けられなかった。
アイリーンが笑顔の圧を強くして遮ってきたからだ。
「それは結果論であって! よくも知らない人間にほいほいとついていくなんて、子供でもいけないことだと学んでおりますのに。しかも授業を抜けてまで、危険かもしれないということをわざわざお話しましたのですけれど……?」
その通りなものだからカーティスはこくこくと頷く。その顔は怒るアイリーンをなんとか宥められないかとただ曖昧に笑うそれ。
せめて行き先を誰かに言付けて行くべきだったかもしれない。
アイリーンの心配は当然のことだと思うし、カーティスも元々は警戒心を持って対応していたのだ。
そもそもはついて行くつもりもなければ、ついて行った結果こんなに楽しい気分で帰れるとも思っていなかった。
「確かにアイリーン嬢の言うとおりだ。危機感は足りなかったと思う。けど、人目のあるところで僕は彼の誘いを無下に断れなかったんだ」
「はい?」
「ちゃんと考えてはいたんだ。危険なこともあるかもしれないから一人の時に会うのは避けたほうがいい、人目のある場所のところが危険は少ないだろうと」
「……そうね」
「ただ、ほら、僕は優しい……そういう人間と思われているだろう? だから、なんというか、上手く断れなくて」
「……」
「ほら! ウドルフ殿は、アイリーン嬢のことをとても気に入っているだろう? あたかも僕もそう思っているとばかりに話しかけてくるものだから断れば余計に危険なような気もして」
わたわたと言い訳を並べ立てるカーティスに、アイリーンの手はずっとこめかみである。
流れてくる汗が、暑いからではないことぐらいわかっている。
どうしたものかと対応に困っていると、そこへクラウスとミアが合流した。
「おい! 大丈夫なのか!」
「カーティス様、よかったです……!」
全員が安堵の表情を浮かべて、駆け寄ってきてくれる。
アイリーンもクラウスもミアも。
心配をかけてしまったことは、ただただ頭が下がるカーティスだ。
「心配をかけてしまって、本当に申し訳なかった」
「いや、それはいいんだけどな」
「はい! ご無事で何よりです」
心から安心したように息を吐く二人に、ますます申し訳なさが募る。
カーティスは気分よく持っていたはずの菓子の箱がどんどん重くなってくるのを感じていた。
「……それは?」
クラウスの目がカーティスの手元できらりと光った。
カーティスの手にあるのは、綺麗にラッピングされた、見るからにプレゼント。
隠したいと思ったところを目ざとくクラウスは指摘する。
「これは……その、マリー嬢へのプレゼント、で」
カーティスは観念した。
「…………それで?」
「ウドルフ殿に会った後に購入してきたものなんだ……渡そうと思って」
「……ははあ。それは楽しそうだな。俺らが必死に探し回っているときに、そんな余裕が?」
「……実は、ウドルフ殿に教えてもらったんだが人気店だそうで、学校を出てきたついでに、と……」
言った途端、クラウスもまた、手はこめかみへである。
アイリーン同様渋い顔をするクラウスは、いったんカーティスから視線を外した。
「おい! アイリーン! こいつの神経どうなってんだ!」
「わたくしに言われましても」
機嫌が悪くなった二人に、ミアもまた曖昧に微笑んでいるだけである。
ミアも同様のことを思っているに違いなかった。
それからしばらくは、自分に向けられる全員のぼやきを甘んじて受け入れたのだった。
「でも、思っていたより、危険な感じはしなかったな、ウドルフ殿」
怒りが収まったころ、カーティスはずっと思っていたことを口にした。
珈琲がなくなるまでの間、ずっと小言を言われていたとはいえ、ただそれだけだ。
ちゃんとアイリーンへの恋情はないと示せば、女性から人気の店まで教えてくれる。
プレゼントはしたことがなかったから、とても良いアドバイスを貰えたと思っている。
ましてカーティスの話をからかうことなく、真剣に向き合ってくれた。それだけでカーティスからの株はぐんと上がる。
アイリーンやクラウスではこうはいかないから尚更である。
「たしかにアイリーン嬢のことになると視野が狭くなるようだけど、ちゃんとアイリーン嬢ではなく、別に好きな女性がいると言えばわかってくれたようだし」
「え? 今わかってくれたと仰いました?」
「ああ、そうなんだよ。応援してくれてるようだったし、だから人気のお店も教えてくれたんだと思うんだけど」
カーティスの持つプレゼントを眺めて、アイリーンとクラウスは首を傾げる。
クラウスとアイリーンにとって、ウドルフの対応はよほど想定外だった。
婚約話を打ち明けて以降、話を聞いてくれないのが、ウドルフだったから。
「それは……少し、不思議ですわね」
「ああ。カーティスの話を聞くなんて」
戸惑ったように呟く二人に、ミアもまた首を傾げた。
「それほど珍しいことなんでしょうか」
「そうだな。ウドルフは人の話を聞かないし、理解しようとしない……んだと思っていたんだが」
「……ええ、そうでもないのかもしれません」
考え込む様子に、カーティスは言う。
「いや、君たちに比べるとよほど良い人だったと思うよ。僕の話も真剣に聞いてくれて、僕の想いを応援までしてくれるんだ」
余計な一言である。
案の定、クラウスは大きな舌打ちを鳴らした。
「信仰的だな。詐欺にでも遭ったんじゃないのか」
「はは、だよね。だけど、本音かどうか、僕はわかるからね。ウドルフ殿は間違いなく本音だったよ」
遠くの人が黒い影として浮かび上がる。
陽はとっくに沈んでいた。
「また機会があるなら、僕は話したいと思うよ」
暗さでカーティスには見えていなかったが、クラウスの顔は歪んでいた。
「……好きにすればいい。だけど気をつけるに越したことはないからな」
それから数日後。
早くも、ウドルフは
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