第32話 僕も負けないように
しばらくカーティスの勉強時間を邪魔していたクラウスだったが、そっと立ち上がった。
「そろそろ出るな。あんまりお前の時間を奪うのも気が引けるし?」
「そう言いながら、フランツと遊びたいんだろ」
「は、やっぱわかる? 俺がここまで来た目的は、それなんで。強く、なりたいんだよ」
「クラウスは強いと思うけど」
「ちっ、お前の方が強いだろうよ。まあ俺もフランツ様に習って、お前くらい簡単に倒せるようになるんで」
「はいはい。僕も負けないように、早く剣の時間を取れるようにするから」
今は、正直、机から離れられない。覚えることが多すぎる。
それが終わればおそらく領内を回り、机上で学んだことを実際に確認。少し落ち着けば挨拶周りにも行くことになるかもしれない。
剣を手に取るのはまだしばらく先になりそうだ。
「まあ気分転換にときどき相手してやるよ」
笑いながら、クラウスは部屋を出て行った。
フランツに稽古を受けるのだろう。クラウスはフランツの目にかなったのだ。そうでなければわざわざ個別指導なんて面倒事、フランツが自ら申し出るわけがないのだから。
クラウスの嬉しそうな顔を思い浮かべて、ふ、と口元を緩ませたとき、再度開いた扉から現れたのは、フランツだった。
「え? フランツ、どうしたの」
たった今、フランツを目指してクラウスが出て行ったばかりなのに。
「なんだ。お前の顔を見に来たのに、その言い草は失礼というものじゃないか。一体学校で何を学んできているんだ」
「いや、そうじゃなくて、今……」
「いやいいんだ、そんな話をしにきたわけではなくてだな。……良かったな。ロイモンド様とちゃんと話をできたんだろう?」
ふふん、と鼻を鳴らすフランツにイラつくものの、これまでロイモンドとの会話がうまくできず八つ当たりをしていたのはフランツ相手だ。
一番迷惑をかけているかもしれない。反論の言葉は飲み込んだ。
「だからいつもお前には言っていただろう。ロイモンド様はお前をちゃんと愛していると」
「う。まあ、ね」
「はあ、羨ましい。いつでもそのポジションは私が代わってやってもいいのだぞ」
「あーはいはい」
今まで変わらない会話と態度。
ロイモンドとのわだかまりがなくなり、次期リーヴェル辺境伯への勉強を始めた途端、フランツへの劣等感が薄れるのだから現金なものである。
「フランツは、知ってたの。僕がどう思ってたか。あと父上がどう思っていたのか」
「ああ? もちろんだろう! お前のことは知らんが、ロイモンド様のことで私が知らないことなどあってたまるか。むしろロイモンド様から直接お話を伺っていたしお前に対する相談も受けたことがある。なんだかんだお前のことになると心配性になったり弱気になるお姿は私だけが知っていると思って優越感に浸っていたというのに! それがこれからはなくなるのかと思うと、くっ、胸が痛い」
「ああ、そう」
非常に冷めた目でフランツを見るのも、今まで通りだ。
けれど陰ながら父上と自分との間にずっと居てくれたんだなあと思えば、こみ上げてくるのは感謝だ。
しかしそれを表に出すのは、この会話の流れ的に不可能だった。
心の中で思うだけで十分だろう。代わりに違う話題へと移る。
「そうそう、コリンナが言ってたよ。フランツに、僕が好きなんだろって言われたって」
「?! 嬢ちゃんもなかなかやるな。まさか本人に言うなんて」
「じゃなくて! なんでそんなこと、」
「いやあ、ちょっとイラっとしてしまってな、つい」
つい、では済まされないナイーブな話だ。
「なんかコリンナがしたの? 僕にならともかく、コリンナ相手にイラっとするなんて」
「……なんだったかな。ま、お前には関係のない話だ」
「結構、怒ってるみたいだったから、フランツに非があるんならちゃんと謝ってよ」
「なぜ。図星だったからか?」
「違うだろ。そもそもコリンナは僕に恋愛的な感情は持ち合わせていないし、それありきで仕事をしていると思われるのは癪だってさ。フランツはコリンナの仕事を侮辱したんだよ」
言われて初めて気づいたようで、フランツはようやく顔をしかめた。
乱暴に頭を掻く。
「……あーーー……それは私が悪い、んだろうな。お前に言ってもしょうがないが、そういうつもりじゃあなかった。あのあと顔を見ないなと思っていたが、もしかして避けられていたのか」
「そうでしょ。フランツ、コリンナを泣かせたら許さないよ」
「コリンナ嬢ちゃんは強いから、そんなことでは泣かないだろう。怒るとは思うがな」
恋愛的な意味で釘を刺したつもりだったが、的外れな回答にカーティスは口を噤んだ。
コリンナとの約束だ、具体的なことは言えないし、フランツにも全く通じなかったから早々に諦め、扉の外へ追い出すことにした。
外野がとやかく言うことではないのだ。
「あ、さっきクラウスがきていたけど、フランツを探しに行ったよ。クラウスがフランツに稽古をつけてもらえると喜んでいたけど、気に入った?」
「ああ、あいつ面白いな。型が綺麗だから、それを崩したくなる。変則的な動きを身に着ければ化けると思うぞ」
新しいおもちゃを見つけたようににやりと笑って、フランツは去って行った。
格好をつけるように後ろ手に手を振る様はずっと変わらない。
安心すると同時に、自分から遠ざかるその姿に少し寂しいような気がした。
「……よし、がんばろ」
カーティスはフランツの背中を見送ってから、止まっていた勉強を再開した。
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