第31話 休憩は済んだから出て行ってもらって構わないんだけど
あれからふた月。
ロイモンドの問いに、ぎこちないながらも笑顔で「はい」と答えて。
カーティスは後継者となるための授業をずっと受けている。
辺境伯の仕事について、王への忠誠について、領の統制や財政、領民の暮らしなど。
かじったこともあったが全く知らないことも多かった。
それというのも、あえてロイモンドがカーティスに知らせないように隠していたからだ。
ロイモンドはカーティスが後継者にならない選択もできるようにと、自身の仕事や経歴を出来得る限り隠していたと言う。
もし辺境伯が嫌なら、もしも別のやりたいことができたなら。それを飲んでくれるつもりであった。
カーティスの辺境伯への嫌悪に加え、ロイモンド自身、選択肢も与えられず辺境伯となったことに不満があったそうだ。
無理に自分のようにならなくてもいい、好きに生きろ、とロイモンドは気を利かしたのだ。
が、ここへきてそれがとても辛い。
徐々に後継者となるために準備をしていくものだが、それをこれまでしてこなかった。
怒涛の追い上げのごとく、一気に詰め込まれている。
最後にゆったりと過ごしたのは、領地へと戻された初日──ロイモンドに必ず休息を取るよう言い渡されたその日である。
「よかったじゃないか。今は休憩、もらえてるんだろ? 俺に感謝すべきなんじゃないのか」
正面に座る黒髪のクラスメイトに、カーティスは舌打ちをした。
「ああ、そうだな。ありがとう。もう休憩は済んだから出て行ってもらって構わないんだけど」
「つめたいなあ」
言いながら、にやにや顔は崩さないクラウスは、本日より、なぜかリーヴェル領にいる。
「だいたい、なんでお前がここにいるんだ。学校はどうした」
「夏季休暇だよ、忘れたか?」
「もうそんな時期か……」
寄宿学校には夏と冬に長期休暇があり、帰省が認められている。
「だからといってなんでお前の帰省先がここなんだ」
久しぶりに会ったというのにつれないカーティスだったが、クラウスは一向にめげる気配がない。
にやにやと笑いながら、うんうんと頷く。
「はは、そうだろう、気になるよな。実は俺、個別に稽古をつけてもらえることになったんだよね」
「は?」
クラウスは嬉しそうに片目を瞑る。
そんな見たくもない顔をされれば、否応なしに気づく。
「フランツ?」
「あたりー! そうなんだよ、お前が領に戻ってからフランツ様が授業でいろいろ教えてくれてな。クラス中喜ぶのなんのって。でさ! 休暇前の最後の授業の時に、良ければ領で教えてやろうかって、フランツ様が俺に言ってくれて」
で、のこのここんな辺境まで。
状況を理解し、カーティスはこめかみを押さえた。
「あー、っと、それはよかったね? 僕は何も聞いていなかったけど」
「フランツ様はきちんと辺境伯様に手紙で連絡されていたようだがなー。お前が授業で忙しいから、教えてもらえなかったんじゃないの」
「……そうかも」
ちらりと机上の教本の山を見やって、カーティスは紅茶を飲み干した。
日の明るいうちにこんなにも頭を使わない時間はここ二か月間なかった。
クラウスとの二人きりのお茶だって、とびきり美味しく感じられる。
「でもよかったじゃないか! とうとう次期辺境伯の座に座れるわけなんだしさ。念願の、な」
「う」
まるで自分の事のように喜んでくれるクラウスには、文句ばかりも言っていられない。
「……そうだな。確かに。いろいろ迷惑をかけたかもしれないけど、そんなふうに言ってもらえて嬉しいよ」
「うげ、軽率にそんな顔をするから、女の子たちがお前に興味を示すんだぞ。やめろやめろ!」
わかりやすく照れ隠しをするものだから、カーティスは笑い、つられてクラウスも笑う。
辺境伯の勉強には不必要な時間かもしれない。
けれど、かけがえのない時間であるとカーティスは思ったのだった。
「それでフランツは?」
「あー、フランツ様は辺境伯様へご報告があるとかで、そちらへ向かったようだぞ」
安定のロイモンド愛である。
「そうなのか。僕が学校へ戻るまで、てっきり学校にいるものだと思っていたから……少し驚いたけど。帰ってこれてよかった」
「まあ休暇で授業もなくなるのに、フランツ様を学校に留めるのは難しかったんだろ、校長も」
「だろうね。フランツと一緒にここへきたの?」
「そうなんだよ! フランツ様とご一緒できただけでも俺には十分価値がある。道中、お話もできたし」
「……へえ。そんな面白い話、フランツがした?」
「フランツ様の経歴を聞くだけで、俺はとても面白い」
「ふうん」
そんなものなのか。でも確かに相手がマリー嬢であればどんな話だって面白いから、そういうものなのだろうと思うことにした。
それからしばらくはカーティスが領に戻ってからの学校の話を聞く。
校長先生の話が出たときには、思わず顔をしかめてしまった。
学校内でのことをロイモンドに告げ口をしていたのは校長先生だったからだ。
今回はうまくまとまって感謝するけれど、これまでの学校生活がロイモンドに筒抜けだったのには文句を言いたい気持ちにもなる。
次に顔を見た時には必ず文句を言ってやろうと胸に刻む。
「あ、クラウスはいつまで滞在するつもりなんだ」
「辺境伯様がいてもいいと言ってくださるならいつまでだっていたい。稽古をつけてもらいたい。フランツ様ともっと話がしたい」
「………………ああ、父上に相談してみるよ。クラウスの家の方には?」
「伝えてある。それに俺はいつも家には戻らないから問題ない」
確かに長期休暇のときはクラウスはいつも領にいた。
帰らないカーティスを気遣ってのことかと思ったこともあったが、杞憂だったようだ。
「ああ。そういえば、アイリーンもここへ来る予定だぞ。一週間後くらいかな」
「は?!」
「だってそりゃあそうだろ。俺が来て、アイリーンが黙ってるはず、ないだろ。愛しのご当主様の領なんだから」
アイリーンもまたロイモンド信者。カーティスは納得せざるを得なかった。
女性であるからか、いろいろ準備があるから、とクラウスたちとは同行しなかったらしい。
嵐が来る。そんな想像にカーティスは眉を下げて曖昧に笑った。
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