第23話 町はずれの花畑だそうだよ

 次の日の談話室では、クラウスの驚きに溢れた声が響き渡った。

 お昼休み、談話室で食事をすることにして、カーティスはクラウスとアイリーンを呼び出していた。


「はああぁ? なんで、ラインフェルト嬢とミアに面識があるんだよ? かたや公爵令嬢、かたや平民の娘だぞ?!」


 クラウスが驚くのも無理はない話で。

 カーティス自身どうしたもんかと二人を呼び出したのだ。


「そうなんだよね。僕が聞きたいくらいだ。普通、面識なんてあるはずないんだけど」

「はあ……一体どこで知り合ったって?」


 クラウスの問いにカーティスは苦笑した。


「町はずれの花畑だそうだよ」

「……なんだそれは」


 ミアはわかる。花畑を散策していたってとくにおかしいとは思わない。

 自分の住む町の近くなのだから。

 しかし、公爵令嬢が一人で行くような場所ではない。


「わたくし達が考えているラインフェルト嬢のイメージとは少し違うのかもしれないわね」

「少し、どころか?」


 アイリーンの思案顔にクラウスはこれでもかと眉を寄せた。

 氷姫の噂からは想像もつかない。

 ミアと友人だったということも、町はずれで一人散策していたことも。

 噂が全てではないことはこの身で知っていたにも関わらず、視野が狭くなっていたのかもしれない。


「しっかし、ミアの言うアリィという子は本当に氷姫なのか?」

「いや、まだ確信はない。が、マリー嬢もミアのことを知っているようだった」


 クラウスは制服の内ポケットに無造作に手を入れて、小さな木片を取り出した。

 その木片を口に咥え、吹く。

 穴が開いただけに見えるそれは、笛の役割を果たすのだ。

 音は聞こえない。

 けれど、鳴っている、らしい。


「お呼びですかー?」


 少しの時間を置いてやってきた男が飄々と談話室に入ってくる。

 くせっ毛の茶色の髪の男は執事服に身を包んでいた。


「エディ! ミアの身辺調査を頼んだとき、アリィという娘のことは報告しなかったな?」

「? 必要でした? 辺境伯領へ連れて行っても問題のない人材かどうか、でしたよね。依頼内容は」


 クラウスの指摘にも人懐っこい笑顔を崩さない。

 エディはようやく周りにも目を配り、カーティスとアイリーンに頭を下げた。


「あっと、ご挨拶が遅れまして。カーティス様、アイリーン様も。皆様お揃いでしたか」


 エディはいつもこの姿勢を崩さない。

 第一にクラウス、他は二の次なのだ。

 いつものことととくに目くじらも立てず、そうでなくてもエディの気さくな感じは不快にならない。

 おそらくそう感じるように計算されている。


「いや、顔を見るのは久しぶりかな。ミアの件ではとても助かった」

「いえいえ、それはそれはよろしゅうございました。力を発揮した甲斐があったというものです」


 にこにこと紫の瞳を細め、エディは続ける。


「次は、マリー・ラインフェルト様です? お望みであれば、もちろん公爵家のご令嬢のこともお調べできますよ。まぁ、公爵家ですので、いつもよりはほんの少しお時間と、多少金額はかかりますが」


 紫の瞳を片方瞑り、人差し指と親指で丸を作った。

 本来であればエディに費やす時間を借りることになるため、調べ物を依頼するときには報酬が必要だった。

 ミアのときにも存分にお支払いしていた。


「いいや、マリー嬢のことを調べてもらうつもりはないんだけどね」

「いいんです? カーティス様の要望に応じてになりますが、ご令嬢の交友関係から趣味、好きな食べ物、気になる異性、スリーサイズまで! ささっと調べて参りますよ」

「っ、結構だ!」


 アイリーンの冷たい視線が気になるから、本当にやめてほしい。

 カーティスの眉を寄せる姿にもエディは全く意に介さない。


「もちろん、アイリーン様も。何かございましたらぜひ。簡単な調べ物から情報操作、あまり大きな声では言えませんが、どなたかの失脚や復讐など、人には言えないあれこれまで! クラウス様のご友人のお二人なら喜んでご協力させていただきますよー」


 にこにこ顔のエディの胸を手の甲で軽く叩いたのは、エディの主のクラウスだ。


「おい脱線してるぞ。なに執事外の仕事を売り込んでんだお前。……話を戻すが、アリィのことは知っていたんだな?」

「もちろんですよー。クラウス様」


 変わらず笑顔で、本当は何を考えているのかさっぱりとわからないエディだが、クラウスに向ける忠誠心は本物だ。

 主従関係であるにもかかわらず、多少口調が雑であるのが、二人の近さを物語る。

 カーティスとフランツのような関係であるのかもしれない。年齢差もそれに近い。


「ははっ、クラウス様そんなに睨まないでくださいよ。そうですねえ。ではこちらはおまけということで。アリィという娘、ラインフェルト公爵令嬢で間違いはございませんよ」


 両手をひらひらと降参の意を示し、エディが発言した内容に三人は目を見開いた。

 想像していたこととはいえ、実際に聞くと驚きを隠せない。


「……御用はこの件でしたか?それでは僕はこれで失礼させていただきますね。また何かございましたらお呼びください。では!」


 そう言ってエディは瞬く間にいなくなった。

 執事の服を着ているくせに、行動は隠密のそれだ。

 ノックをして入ってきたのだから、奇抜な動きをせずに扉から出ていけばいいものを、とは思わずにはいられない。


 だがそれどころではない。

 調査をさせれば一流のエディから、同一人物であるとお墨付きが出てしまったのだ。

 しばし沈黙の時間が流れた。


「……本当に、同じ人物のようだね?」

「ああ。エディが俺に嘘つくわけもないしな」

「ミアの言葉は正しかったということですわね……」


 顔を見合わせて、それぞれ溜息を吐いた。


「なんとか、マリー嬢と会話できないか、やってみるよ」

「それじゃあ、今までと一緒だよな?」


 クラウスの突っ込みにはカーティスは苦笑する。


「それはそうなんだけどね」

「むしろミアと話ができるようにしたほうがいいのではないかしら」

「確かに。もちろん二人が話してくれればそれがいいことだとは思うが、ただマリー嬢の意見も聞いてみたいと思っていてね」


 カーティスは新たに仕入れた情報をネタにして、改めてマリー嬢と向かい合うことに意欲を燃やしたのだった。


「……カーティス様、それをきっかけに、ラインフェルト嬢と話せるのではないかと考えていらっしゃるのでは?」


 そのアイリーンの言葉は間違いなく事実であったため、カーティスは曖昧に笑うだけに留めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る