第19話 僕は幸運だな

 暖かな陽気のなか、咲き始めた花に見守られながら入学式は無事に執り行われた。

 と同時に進級式も行われた。

 カーティスは三年、最上級生になった。

 あと一年。そして卒業式を終えれば、領地に戻ることになる。


 ──二歳差だったか。


 マリーのことだ。

 在学中に、再会できればいいと願っていたが、一年の間、同じ学校へ通えるとは。

 もちろん欲を言えば、もう少し長い間一緒に過ごせるとよかったけれど。

 そもそもこの学校へ入学してくるかどうかも賭けだったのだから、奇跡に近い。


 もし入学してこなかったら、ありとあらゆる社交場に顔を出そうと考えていた。

 公爵家のご令嬢。必ずどこかで社交デビューはするだろうと踏んでいたのだが、学校で会えるのなら願ってもいないことだ。


「カーティス、楽しそうだなあ? 顔が緩んでるぞ。人目もあるし、多少引き締めたらどうだい」

「ああ、そうだな。この学校に通うことになって、今が一番楽しいな」

「……はいはい。まだ会えてもいないってのに、気が早いんだよなあ」

「でも会える日は決まっている」

「歓迎パーティーだろ? 一週間後か。せいぜい楽しみにしてればいいさ。俺はお前の様子を楽しく見物させてもらうわ」

「アイリーン嬢とか?」

「…………まあ、そうなるかもな。お前はミアと入場したほうがいいんだろう? 見せびらかしておけば、変な虫も寄ってこない……まあ逆効果になるかもしれないが」


 ミアがカーティスを狙っているだとか、分不相応な人間関係だとか。

 そういった反感を買うようなミアに関する噂は減ってきていた。

 ミアはその薬師の腕を見込まれ、リーヴェル辺境伯領へ就職することが決まっているのだと、正しい情報をあえて流したのだ。

 ミアの成績がトップであることは揺るぎない事実であるし、そのためにカーティスと共にいても不自然なことではなくなった。


「そうかもしれないけど、僕と一緒にいるところを大勢に見せておけば、噂の後押しにもなるし。ミアへの余計な手出しもしにくくなるだろうし。ミアにも聞いてからになるけど、そうしたいとは思ってる」

「は、ミアが了承してくれるかねぇ」

「クラウス……お前、」

「睨むな睨むな」


 そんな会話をして、歓迎パーティーを待っていた。

 確かに僕は浮かれていた。

 それは間違いない。

 しかしだからと言って、あんな目に合うなんて思ってもいなかった。







 待ちに待った歓迎パーティーの日。

 このパーティーは、新入生は参加必須だ。希望すれば全生徒が参加できる。

 生徒──つまり成人前の人間の集まりになるため、開催は夜ではなく昼間で。

 お酒なしの立食パーティーのようなものだ。

 学校内の行事のため、服装はグレーの制服で統一されており、平民の生徒にも畏まらずに参加できると評判である。

 けれど、社交場の練習も兼ねているため、ダンスの時間も設けられているし、挨拶回りをする人もいる。


 カーティスはミアと共に入場した。

 好奇の目に晒されはしたものの、事前に噂を流していたのが良かったのか、思っていたほどではない。


「これは、アーレンベルク殿。ベイカー嬢を辺境伯領の薬師に、という噂は確かなものでしたか」

「ああ、そうなんだ。ミアのように優秀な人材を確保できた僕は幸運だな」

「聞いたところによると、平民にも関わらず、なかなかに努力されているようですね。身分に囚われずに採用に踏み切る辺境伯様の御心の広さにも驚かされるところです」

「……ああ、僕の家は、能力重視なところがあるからね。身分が必要なこともあるとは思うが、それだけではうまくいかないこともあるだろう」

「確かに、能力の高さで補えることもあるかもしれません。辺境伯様のこの行動によって、これからはそういった考えの者も多く出てくることになるかもしれませんね」


 幾人かと会話をして、ミアの、辺境伯領の薬師起用はおおむね受け入れられているようだとカーティスは手ごたえを感じていた。

 それもロイモンドの力があってこそではあるが。

 カーティスだけの独断であったならここまで友好的に捉えられただろうか。


 もちろん反感を持った家もある。


「平民に頼らねばならないほど、リーヴェル領は人材不足なのか?」


 遠巻きにひそひそと言われていることはわかっていたが、あけすけに言われたのは初めてだった。

 煽っているようだが、それに怒りも何も感じない。

 それは事実だからだ。

 カーティスはわざとらしく大きく頷いた。


「そうなんだよね。困っているんだ。やはり王都に近くなるほど賑わうからね。うちの領は遠いだろう? なかなかミアのような人材は得られなくてね。君の領は、王都に近くていいよね。よっぽど優秀な人材が集まってくるんだろう?」


 面と向かって反対意見を言ってきたのは、同じ騎士専攻のクラスメイトだった。

 授業でもたびたび張り合ってくるのが少し面白く、よく相手をしている。


「お前もようやく俺のすごさがわかってきたか!」

「うん、君の領にはどんな薬師がいるの? さぞ有名な人物を採用しているんだろうね。羨ましいな」


 にこりと笑ってそう言うと、彼は言葉に詰まらせた。

 名前が広く知られている優秀な薬師など、彼の領にはいないからだ。

 王都に近い領ならなおさら、そんな人材は王都に流れていく。


「……っ、お前はせいぜい平民と仲良くしてるんだな」


 彼は捨て台詞を残して去っていった。

 相変わらず勝てない部分で挑んでくるから、しっぽを巻いて逃げ出さないといけなくなるのに。


 見送ってから、カーティスはそろそろと辺りを見回した。

 ミアの評判は確認した。

 次はマリーを探す番だ。






 クラウスたちと一度合流して、本格的に探すことに力を注いだ。

 もう五年も経っている。

 記憶にある姿とはだいぶ変わっているだろう。

 一目でわかるか自信がなかったが──杞憂だった。


 会場の中央に近い場所に彼女はいて。

 公爵ほどではないにしろ、人が彼女を避けるようで、小さな空間ができていた。

 だから余計に目立つ。

 幼い頃と変わらない長い栗色の髪と真紅の瞳に吸い寄せられるように、カーティスの足は彼女に向かう。


 覚えてくれているだろうか。

 そんな淡い期待さえ抱く。

 ドキドキと胸が高鳴った。


 ダンス用の曲が鳴り、次々とダンスを始める人たちがいる。

 それに便乗して、マリーの前にカーティスは進み出た。


「こんにちは、ご入学おめでとうございます。お会いでき光栄です。アーレンベルク家長男カーティス・アーレンベルクと申します。……ラインフェルト嬢。僕にともに踊る栄誉をいただけませんか」


 手を胸に当て、軽くお辞儀をする。

 緊張はしたものの普段通りにできたはずだ。

 柔らかな人好きのする笑顔で、カーティスはマリーを見る。


 真紅の瞳は、ちらりとカーティスに向けられ──。


 何も反応のないまま──むしろ冷ややかな視線のようですら感じたが──すぐに目を伏せられた。

 マリーの長い睫毛が綺麗だと思った瞬間には、扇子で顔を隠されてしまう。


 社交辞令も何もない、完全な拒絶だった。


 え? どういうこと?

 断るにしたって、もう少し柔らかに対応するものじゃないのか。

 やっぱり覚えられていなかったんだ。突然にダンスなんて申し込むべきじゃなかった。

 名乗った方が安心できるかと家名まで伝えたけれど、それも意味なかったな。

 じゃあこれからどうしたら。


 ぐるぐると反省と状況整理を繰り返す。


「……あの?」


 お付きのメイドだろうか。はっきり断られたくせにいまだ場を動かないカーティスは、声を掛けられようやく我に帰る。


「っ、ああ。突然すまなかったね。貴女と踊れずとても残念です。またもし許していただけるなら、次の機会にお誘いしても?」


 泣きそうな心境のカーティスに、マリーは扇子の上から、今度こそ明確に冷たい視線を投げつけたのだった。

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