第18話 単刀直入に言おう
楽しいランチタイムはあっという間に過ぎて、ミアとともに食堂から少し離れた木陰へと移動した。
ミアの顔は幾分か固くなっているように見える。
「これから出掛けるところなのに、すまないな」
「いいえ、そのお話というのも気になりますし。出掛ける前に聞いておきたいです」
「そっか。じゃあ、単刀直入に言おう」
カーティスは真っ直ぐにミアを見据える。
「実は、君のことを調べさせてもらった」
思いもよらなかった言葉にミアは息を呑んだが、「そうなんですね」と相槌だけで続きを促した。
「ああ、何を勝手にと思うかもしれないけど、当主に紹介する前にはいろいろ確認しておかなくてはいけなくてね」
「リーヴェル領にとって、何か都合の悪いことでも見つかりましたか?」
ミアは身体の前で手を組んだ。
何かあるならすぐに身を引こうとでも考えているのか、その顔は真剣そのものだ。
他人のことばかりに心を割かなくてもいいのにな。
「いいや。むしろ都合が悪いのは君の方じゃないか」
「っ!」
目を見開くミアに、カーティスは軽く頷いた。
そして、問う。
「君が薬師の勉強をしているのは、母君のためかな」
クラウスの執事に調べてもらった情報によると、だ。
ミアには肉親が一人──母親がいる。
彼女こそ、ミアが薬師を目指している理由であろうと思っている。
「病気を、患っているそうだね。今のところ日常生活には支障がないようだが……それは薬のおかげだ。薬を止めれば進行は進むだろうし、薬を飲んでいても進行は遅くなるだけで止まらない。母君の病気は、現段階では特効薬がないとも聞いた。君は薬師になって自分の力で早く特効薬を作ろうとしている。違う?」
調べたことを隠すことなく伝える。
カーティスはそれに憶測を交えて伝えながら、ミアの顔を見つめていた。
表情は固いままだったものの、その瞳が焦ることはなかった。
「そう……ですね。母のことにおいて、とくに訂正はありません。今効果の出る薬は一時的な痛み止めくらいですし。ですが、薬師になる理由というのはそこまで大層なことは考えていない──というと少し嘘になってしまいますが──もっと単純です」
ミアは上を向き、カーティスもそれに倣った。
揺れる葉の隙間から太陽の光が漏れていた。
大きく息を吐いて、ミアは言う。
「薬は、ご存知とは思いますが、お金がかかるんです。常用的に飲むのであれば、特に」
「……今は、学校の制度で?」
この学校の生徒にはいくつか、成績や品行などの審査は入るが、申請することで受けられる支援項目がある。
在学中に限ったことだが、生徒本人とその家族の生活費を負担してもらえることもその一つだ。
その中に治療費も含まれる。
貴族の面々は、申請することすなわちお金がないと思われるとあまり利用しない。
が、平民のミアのような立場の者にとってはありがたい制度であることだろう。
平民の向上心を煽り優秀な人材の発掘に繋げつつ、貴族のプライドを利用して必要な者にだけ支援を施す。
面白い制度だとカーティスは思う。
これはペンが校長となってから始まっている。いまいち胡散臭い人物だが、やるべきことはやる人物に違いないようだ。
「はい。それにはとても助かっていて……学校へ通う決め手になったくらいです」
ミアは控えめに口元だけで笑う。
「だから、もし、その必要な薬を自分で作れるようになったなら、薬代がかからなくなるかなと思って……。もちろん特効薬なんてものが作れるならそれが一番いいことだと思うんですが」
「うん」
「…………カーティス様のご提案については、就職活動をしなくても雇ってくださるというのですから大変ありがたいことです。それはわかっているんですが、母のこともあります。病気の母を置いては行けません」
「……うん」
やっぱりか。
病気の母を理由に断られるかもしれないと思っていた。
入学したのだって母のためだろう。
そんな母を王都に残して一人、辺境の地までは行かない。たとえお金に困らなくてもだ。
だからカーティスは断られたときのために、ミアに管理してもらいたい土地に母とともに過ごせる家を用意しようと考えていた。
ロイモンドにも話は通してある。
「カーティス様のご提案は、本当に魅力的ですので、悩んで……。なので、交渉してみようかなと思って」
ぱちくりとカーティスの目が開く。
予想外だった。
「──母も一緒に連れて行ってもいいでしょうか。カーティス様はリーヴェル領で働くには私が都合の良い人間だと考えていらっしゃいますよね? ……母も一緒に行けるなら、私はリーヴェル領で働くことも可能です。無理ならどうぞ他に都合の良い人間を探してください。どうですか?」
真っすぐな目に、カーティスの目が見開かれたまま、数秒止まる。
カサカサと葉が鳴って、遠くで鳥が鳴く。
カーティスは声を上げて笑った。
「は、ははっ! なに、それ。ははは! ……本当、君は面白いな」
笑い出したカーティスにミアは心なしか不満顔だ。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「いや、ごめん。まさか交渉されるとは思ってなくて」
そんなことをされずとも、母と一緒にいられるように配慮するつもりだったが。
自分の価値を分かったうえでの交渉内容に笑わずにいられない。
交渉というにはお粗末だが、ミアはだいぶ逞しくなった。
「いいよ」
「え?」
「ミアを連れて行けるなら、母君と一緒で構わない。ちゃんと一緒に過ごせるように住まいも準備しよう。なんなら定期的に医師も派遣しようか」
ぱちくりと目を瞬かせるのは、今度はミアだった。
「……いいん、ですか?」
「ああ。自生している薬草も管理できる量には限りがあるだろうし、余るようなら使ってもらっていい。生態系を壊さないように自分で管理できるなら自生していない他の薬草を育ててもいい。母君のための薬に必要な薬草もあるだろう?」
全てロイモンドの承認済みだ。
母について報告を受けてから、それら全てにおいて”都合の良い”人間だった。
薬師を専攻していることも、成績が優秀であることも、平民であることも。
病気の母がいて薬が必要なことも、薬作りに前向きであることもだ。
「ミアを領地に招くうえで、どうかな。この条件で足りる?」
カーティスは悪戯っぽく片目を瞑る。
「好条件過ぎませんか」
「はは、優秀な薬師としてたくさん働いてもらうから」
カーティスが提示した条件に、ミアは少しの困惑顔を見せたが、ややあって意を決したように顔を引き締めた。
それは固い表情というより、晴れやかな顔で。
ミアは大きく頷いた。
「わかりました、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、卒業後にはよろしく頼むよ」
木漏れ日が降りそそぐ中、カーティスとミアは力強く握手を交わした。
◇◇◇
握手を交わす二人が見える。
話が終わるのを待つカミラは、クラウスとアイリーンに問いかけた。
「アーレンベルク様は、いつもこのような感じなのでしょうか?」
「ん? というと?」
「なんだか今まで思っていた聞いていたよりも、人間味溢れる方のようで……」
首を傾げるカミラは、噂とは違う人物像に違和感を感じているのだろう。
アイリーンは笑いたくなるのを押し殺しながら、もう少し聞いてみることにする。
「ちなみに思っていらしたカーティス様とは?」
「そうですね。穏やかで、それでいて凛としていて気品溢れ、剣も強く、まるでお話の中の王子様のような、と言えばいいのでしょうか。お優しいけれど近づきがたいというのがぴったりかもしれませんわ」
模範解答のような答えに、クラウスとアイリーンは揃って笑う。
それはカーティスが目指している姿そのままだった。
「だよなぁ。ま、よくわからないんだ。何がしたいのかねぇ、あいつは。カミラはどっちのあいつのほうがよかった?」
「ええ? そ、そうですわね……まだ数日しかこのような姿を拝見していませんけれど、今のアーレンベルク様のほうが、話しやすくていいかもしれませんわ。もちろん王子様のような姿もとても素敵だとは思いますけれど」
思いのほか正直に答えたカミラの心証は良い。
クラウスとアイリーンは心の底から、同意した。
「普通にしてれば話しやすいんだけどねえ。ってそう本人にも言ってんだけどさ」
「なかなか強情な方で、残念なことにこちらの意見は頭に残らないようですわ」
愚痴のような、カーティスを貶しているような二人に、話すことになってまだ日の浅いカミラは何とも言えない顔で愛想笑いを浮かべるのだった。
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