第17話 自分のものにする、予定だから

 隣に座る琥珀の目が面白そうに光る。


「へーえ! ミアが。努力型かと思ってたら天才型か。面白いじゃん! ……いいな」

「やらないぞ」


 クラウスは面白いものが好きだ。

 平民のミアの読めば覚える頭脳は予想外で、クラウスの興味を引いたようだ。

 しかし、ミアに先に目を付けたのは自分なのだ。

 掻っ攫われては堪らないと、カーティスは即座に牽制する。


「別に取ったりしないけど。けど、まだお前のモノでもないだろうに」

「僕のモノではないよ。ミアはミアだ。けど僕の領地にきてくれる予定だから」


 リーヴェル領に就職してくれると疑わないカーティスにクラウスは肩をすくめる。


「ま、お前の領地になる予定もまだ無いんだろ」


 後継者の話を指摘され、カーティスは言葉を詰まらせた。

 それを言われると痛い。

 ロイモンドが後継者にカーティスを指名しない限り、あの領地は自分のものにはならないからだ。

 わかってはいるけれど、敢えてそこを他人に突かれると苦い思いが走る。


「まあ、そこは、いずれ……自分のものにする、予定だから……」


 語尾が小さくなってしまうのも仕方がないと思うのだ。

 クラウスもそこら辺り理解しているため、それ以上は言ってこない。

 ただただ、肩をすくめるに留めた。


「それにしてもミアにあの話、まだしてないんだろ」

「あー、そうだな」

「早めに話しておかないと、断られるぞ。折角調べてやったってのに」

「そうなんだけど、タイミングがなかなか、」

「……急いだほうがいい。手に入れたいならな」

「わかっている」


 クラウスに調べてもらったのは、ミアのことについてだった。

 正確には調べてくれたのはクラウスの執事なのだが。

 リーヴェル領の当主ロイモンドに話を通す際、素性も何もわからない状態ではいけないと身辺を一通り調べてもらったのだ。

 その中に一点だけ、カーティスが提案した就職話を断る要因になるかもしれない事項がある。


「お前の気持ちもわからないでもないけど。でも本気で欲しいなら、そんなことも言ってられないだろ」


 カーティスはミアに自身の可能性を知った上で、自分を選んでほしかった。

 だから他の貴族の後ろ盾や病院の伝手といった選択肢を広げることもしたし、断られることになるかもしれない懸念事項を先回りで潰すこともしていない。

 ミアを尊重したいのだ。


「そうだな。断られた時に話せばいいと思っていたけど、この件を含めて考えてもらったほうがいいかもしれない。今日にでも話すことにするよ」

「それがいい」


 今日は食堂で共にランチをする約束をしている。

 それまでは授業に集中しようと始まりの鐘とともにペンを握った。




 ◇◇◇




 ランチタイム。

 カーティス、クラウスの他にアイリーンとミア、カミラまでも集まっていた。


「カミラ嬢も一緒なんだ」

「……いけませんでしたか?」

「いや、」


 躊躇いがちに言うミアになんとも言えない顔で答えた。


 適応力か。感心せざるを得ない。

 最近は、空き時間は都合のつく限り、カーティスたちの誰かと共にいた。

 トラブルに巻き込まれないように目の届く範囲にいてもらうためだ。

 それがかえって目立ってしまっていたのだけれど。

 昨日からカミラにその役目を担ってもらったのだ。

 カミラもそれなりの貴族であり、ミアがいなければトップになれるほどの成績優秀者。

 下手に手を出してくる輩はいないだろう。

 これで問題なさそうならそのまま続けてもらう予定だった。


 敵意のない薬師専攻のクラスメイトがいるというのは心強い。

 カミラもなんだかんだ言いつつ、ミアのそばにいることは良い刺激になるようであった。

 自らミアの周りに張り付いていた。

 教室の移動時も、昼食時も、空き時間に図書館へ行くときもだ。

 ミアも急激な変化に戸惑っている様子を見せていたものの、薬師に関する専門的な話ができる相手が興味深いようである。

 カミラをここへ引き連れてくるほどとは思ってもみなかったが、良い傾向であるように思えた。


 しかし、カーティスがしたい話をここで繰り広げるのは気が引ける。

 個人的でかつ繊細な話だろうから。


「ミア、すまないが、後で少し時間をもらえるかな」

「? はい、大丈夫ですが」


 首を傾げるミアに言う。


「先日の、僕からの提案のことについて、言っておきたいことがあるんだ」

「っ、わかりました」


 約束を取り付け、余裕ができたカーティスは席に着いた。

 クラウスに調べてもらったことについて話せそうだ。

 クラウスに目配せをしつつ、集まった顔ぶれを見渡した。

 カミラを除けば、とくに代わり映えのしないメンバーだったが、アイリーンの顔がおかしいことに気づく。

 いつもとは違い緩んでいるのだ。


「アイリーン嬢、なんだか楽しそうだね」

「うふふ、わかるかしら?」

「何か良いことがあったの」

「ええ、それはもう! ミアと今日出掛けることになって」


 ちらりとミアを見ると、照れたように目を伏せていた。


「へえ! それはいいな」

「でしょう。しかもミアからのお誘いですのよ」


 アイリーンは色っぽく、口角をぐっと上げた。

 よっぽど嬉しいようである。


「……それは、珍しいね」

「そうなのよ。私の想いが通じたのかしら」


 冗談めいてアイリーンは言うが、それは事実かもしれないなとカーティスは思う。

 カミラの謝罪を受けてから、ミアは少し変わっていた。

 自分たちへの接し方が、少し、柔らかくなったのだ。

 感じていた不必要な遠慮がなくなったというか。


「お前が脅したんじゃないの」

「クラウスはお黙りなさいな。そんなわけ、あるわけないでしょう。この私がそんな真似をする必要があるとでも?」


 自信満々にアイリーンは髪を掻き上げた。


「ま、確かに。お前にはそんな必要ないわな」

「わかれば、その憎らしい口を塞ぎなさい」


 今日の授業は午前で終わり、午後からはミアのお誘いのもとアイリーンとカミラは出かけることになったようだ。

 その前に少しミアと話せればいい。

 クラウスとアイリーンの掛け合いに耳を傾けながら、カーティスはテーブルに食事が運ばれてくるのをぼんやりと眺めていた。

 次々と皿が並べられるテーブルの下で手を組む。ついでに目も閉じた。


 なんでもない穏やかな時間に、考えることを放棄したくなる。

 考えなければならないことはまだ解決していないのに。


 ミアのこともそうだが、今カーティスの心を占めるのは入学式のことだった。


 ──待ち侘びたマリーとようやく会えるのだ。


 緊張しないほうがおかしい。


「カーティス様、考え事でも?なんだかぼんやりとされているようですが」

「いや、まあ、少し、な」


 アイリーンがにやりと笑って問うものだから、心の中を読まれているようでカーティスは焦る。


「心配事がおありでしたらお聞きしましょうか?」


 彼女に相談しようものならどんな対価を払わされるか、はたまたどんなに馬鹿にされるかわかったものじゃない。

 急いで首を横に振ったが、アイリーンは一切口を閉じなかった。


「そろそろ入学式ですわねぇ」

「!」

「……気になるようでしたら、直接お手紙でも送られてはいかが?」


 名前は伏せて、しかし確実にマリーのことを指している。

 バレているのか。本当に心の声が読めるのではないだろうな。

 そうカーティスが訝しむのも仕方のないタイミングだった。

 ミアもカミラもいるこの場で名前だけは伏せてくれるのが、些細な心遣いだろう。


「知らない男からいきなり手紙が届いては、気味が悪いだろ」

「そこはほら、ご当主様なりお相手のお父様なりどうとでもできるではありませんか」

「だがな、」


 と渋るカーティスは、本当は怖いのだ。

 彼女が自分を全く覚えていないという事実に直面することが。

 手紙を送って直接関わりを持ち、拒絶されてしまったらどうすればいいのかわからない。

 たぶんそれすらもアイリーン嬢にはバレているのかもしれないが。

 強気に見据えられると、カーティスは尻込みしてしまう。


「まぁ、いいじゃん? どうせもうすぐ入学式だ。またパーティーがあるし。新入生歓迎のな。そこで会えるだろうよ」


 クラウスに助けられた。

 問題を先送りにしたに過ぎないが、カーティスはそっと感謝する。

 もう少し、ただ彼女を想う幸せな時間に身を置いていたかった。


 テーブルに綺麗にセットされたのを確認し、みんなで食事を始める。

 一瞬悪くなった空気も、午後からのお出掛けの話で綺麗さっぱりなくなっていた。

 楽しい時間を過ごした。

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