第16話 僕も気になるな

 ミアは目の前で繰り広げられた光景をぼんやりと見ているだけだった。


 カミラから謝罪を受け、カーティスに小言を言われ。

 その後二人は会話し、お互いに緊張と警戒を解いたようであった。


「よかったな。ミア。クラスメイトに友人ができた」


 カーティスにそう言われるもミアはぴんとこない。

 友人って、なんだろう。


 入学する前には、一人。

 入学後は、親しいと言える人間はいなかった。

 そもそも学校で言葉を交わすことがないのだ。

 ミアはこの学校へ学びに来ているのであって、友人を作るために来たわけではなく。

 勉学に励めば励むほど、平民のクラスメイトからは距離を置かれ、貴族のクラスメイトからの風当たりは強くなった。


 だからといって、目的である薬師の勉強ができるのだから、ミア自身は一向に気にならなかった。


 それなのに、最近は様子がおかしい。

 カミラの平手をカーティスが受け止めてくれたときからだ。


 何故かカーティスたちと一緒に過ごすことが多くなり、周囲から向けられる興味深げな視線も増えた。

 人と共に過ごすことさえも久しぶりのことなのに、その相手は貴族で。

 しかもより権力を持つ家柄の人達だ。


 良くしてもらったとはいえ、気まぐれだろう。

 いつ自分のそばから居なくなったとしてもおかしくない。

 そう思って、一定の距離を置いていた。


 気を許してしまった後、いなくなってしまったなら、ひどく寂しいから。




「友人なんて……!」


 そう言って眉を吊り上げたカミラは、続けた。


「ま、まあ? 私がクラストップとなった暁には……友人と、呼ばせてあげてもよろしくてよ」

「じゃあ、それまではライバルだと」

「な、アーレンベルク様!? 見かけによらずしつこいですのね。しつこい男性は嫌われますのよ!」

「いや、あまりに喜ばしくて。それに君にそんな心配をしてもらわなくても結構だよ」


 あーだこーだと話す楽しそうな二人をミアは黙って見ていた。

 が、気づいてしまった。

 二人の会話の中心が自分であることに。

 かつてこんなことがあっただろうか。


 カミラは言った。

 ライバルと思っても構わないと。

 それは、薬師として勉学に勤しむ姿を認めてくれているからだ。

 平民であっても貴族であってもクラスメイトから好意的な視線を受けることは無かった。

 が、違った。そう思っていただけだった。中にはこういうカミラのような人もいるのか。

 気まぐれでもなく、打算的でもなく、ただ自身の薬師の知識だけを見て認めてくれる人。

 それを思えば、カーティスもだ。

 自領の薬草管理に、ミアの能力が欲しいと言う。

 気まぐれにしては、これ見よがしにダンスを踊ったり当主を通したりと大掛かりだ。


 息を一度大きく吸って、吐いて。

 それからミアは力の抜けた身体で目元を緩ませて笑った。

 距離を置かなくても、いいのかもしれない。

 そう思えたことで、心のつかえが取れたようだった。


 カーティスとカミラが微かに目を見開いて、ミアを見る。

 どちらもおろおろとするものだから、ますますミアはおかしかった。


「どうした? 何かあった?」

「な、何かございましたの……!?」


 自分の顔は、ふにゃりとだらしなく顔を崩していることだろう。

 くすくすと笑うミアに二人はハンカチを差し出してくれた。

 首を傾げて、頬を伝う何かに気づき、それを受け取る。


 なんて優しいのかな。

 私を見て、私を認めてくれる人たちは。


 ミアは、知らず流していた涙を、受け取ったハンカチでそっと拭ったのだった。



 ◇◇◇




「ミア! 貴女を泣かせたのであれば、カーティス様でも許しませんわ。大丈夫、何も心配はございませんから、白状なさい」


 アイリーンと合流してから真っ先に目の赤さを指摘され、ミアの顔をその胸に抱えた。

 背中をとんとんと擦り、大丈夫よ、とアイリーンは繰り返す。

 ミアの頭をふくよかな胸に埋めたまま、きっと睨んだ先はカーティスで。

 カーティスは「またか」と掌で目を覆った。


 ミアを連れてアイリーンの居た場所へ戻ると、先ほどできていた令嬢の人だかりは綺麗さっぱりとなくなっていた。

 心配で、解散させたのだろう。

 どれだけ好きなのかミアのことを。

 探し回った自分を棚に上げて、カーティスは呆れ顔だ。


「ふふ、アイリーンさん。ありがとうございます。大丈夫です。……実は、」


 ミアは事のあらましを語る。

 カミラもこの場に同行しており、友人ができたのだとアイリーンへと紹介した。

 友人を名乗る許可をしたつもりのないカミラは相変わらず噛みついていたけれど、ミアはこの短時間で扱いを学んだらしくいい具合にあしらっていた。


 ミアの表情の柔らかさにアイリーンも警戒を緩めた。

 近寄ってくる人間に警戒心を持つように育てられ、その警戒心によって身を助けてきたアイリーンは簡単に人を信用しない。

 それはカーティスもクラウスも同じであったが、ミアの反応を見て急いで排除しなくても良いという判断を下したのだった。


「あら、でしたら貴女、ミアに勉強を見てもらってはいかが?」

「な!?」

「うん、僕も気になるな。成績トップを保持するミアの勉強方法か」


 家庭教師はいない。入学する前の予備知識もほとんど無いであろう。

 平民のミアはどうやって勉強し、トップの座に君臨し続けているのか。

 反論はしたものの、やはり成績トップの勉強方法は気になるのだろう、カミラもまた遠慮がちに期待した目をミアに寄越していた。


「そうですか? でも私の試験勉強はあまり役に立たないと思います。そもそも、試験勉強という感覚ではないので」

「そうなのか?」

「はい、薬師となるための勉強のついで、といいますか。試験のために勉強はとくにしていないんです」

「じゃあ、普段の勉強はどうしているんだ」

「本を読みます。薬草の本、調合の本、疫病、人間心理、地理学……薬師として興味の湧く本はなんでも読みますよ。この学校の図書館はさすが王都にあるだけあって、蔵書も多く読む本に困らないのでとても助かっています。ずっと図書館にこもっていたいくらいです」


 寄宿学校の敷地内にある図書館は、王都の図書館としても知られ、国一番の蔵書数を誇る。

 王宮の関係者も普段利用する図書館だ。

 その図書館を学校に所属する者は身分を問わず利用できるのだ。

 壁一面に並ぶ背表紙も圧巻だ。壁に沿ってあしらった階段もまた初めて見る人間を驚かせた。

 読書スペース学習スペース、静かな空間を楽しむための休憩スペースなんてものもある。

 カーティスも主に静かな空間に身を置きたいとき、よく利用していた。


「へえ、じゃあ図書館の学習スペースを利用しているのか」

「いえ? よく利用するのは読書スペースですね。あとは可能な本であれば貸出も。興味のある事柄については、一度読めば覚えられるので」


 ミアはなんでもないことのように笑顔で言い放つ。

 全員黙って目を逸らした。

 一度読めば覚える。

 確かにミアの勉強方法は全く参考にならなさそうである。


「そ、そう……」


 若干青褪めたように見えるカミラは、冷静を装おうとして失敗したようだ。

 うん、頑張れ。

 カーティスは心の中で、トップの座を狙うカミラへとエールを送った。

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