第15話 よかったな

 走りはせず、けれども大股でカーティスはミアと別れた場所へ向かう。

 白い石畳の上をカッカッと靴音を響かせた。


 校長先生のくだらない話に時間を取られた。

 僕は、確かに父上のことをあまり知らない。

 それはおそらく意図して、教えられていない。


 カーティスは唇を噛む。


 カーティスは、ロイモンドが王都の寄宿学校へ通っていたことすら、知らなかった。

 入学すると決め、それを伝えた時にでも教えてくれてもいいものなのに、だ。

 今考えれば、カーティスと同じく、ロイモンドも王都の寄宿学校へ通っていたとしてもおかしくないのだけれど。

 ロイモンドの息子だからとちょっかいを出してきたペンに、その話を聞かされるまで、そういう考えにも及ばなかった。

 そうまで徹底して、ロイモンドの情報をカーティスに知られないよう操作されてきたのだ。


 なぜだろう、とはカーティスは思わない。

 何の情報も無い中で、当主ロイモンドに匹敵するだけの力があるのかと試されているのか。

 もしくは、後継者に値しないカーティスへ必要以上に情報を開示しないよう、ロイモンドから一定の距離を置かれているのか。

 そのどちらかだろうと当たりをつけているから。


 胡散臭い神出鬼没のペンだが、自分の知らなかったことを気づかせてくれる相手としては、カーティスは感謝している。

 しかし。

 こういう話は、全く急ぎではないのだ。

 どちらかと言えば、気分が落ち込む類の話で、あまり聞きたくない話ですらある。


 急ぎの話から、話してくれればいいものを。

 今回もミアの話を後回しに伝えてくるあたり、ペンを好きになれない要因の一つだ。







 足早に進め、カーティスはミアと別れた地点に辿り着く。

 談話室のある建物の前だった。

 人の気配はあるもののミアは見当たらない。


 校長先生はミアが一人でいたと言った。

 アイリーン嬢と寄宿舎へ向かうと言っていたはずだというのに、どうして一人で。


 それはすぐに判明した。


「アイリーン嬢!」


 令嬢に囲まれるアイリーンを見つけた。


「あら、どうしたのかしら。そんなに慌てて」

「ミアと一緒じゃないのか?」


 カーティスは、アイリーンの目がす、と細められたのを見逃さなかった。

「少し失礼するわね」とアイリーンは周りの令嬢へ断りを入れて、持っていた扇子で口元を隠し、カーティスへ寄る。


「何かあったのかしら?」

「いや、詳しいことはわからない。が、先日ミアを平手打ちしようとしていた令嬢が、ミアを探しているらしい」

「……先ほどまでは一緒に居ましたのよ。けれど少し所用があるということで、あちらの方へ。ですが、すぐ戻るということでしたので、こちらでお待ちしていたのですけれど」


 待っている間に、令嬢に囲まれたというわけだ。

 納得したことを頷いて伝え、「探してみるよ」とアイリーンに背を向けた。




 きょろきょろと見渡しながら歩いているとミアはすぐに見つかった。

 しかし、一人ではなく、すでにあの平手を繰り出したカミラという令嬢と向かい合っていた。


「ミア!」

「え、カーティス様?」


 ミアの前に進み出ると、戸惑った声が聞こえた。


「ミア、一人で歩くのはしばらくの間控えてと言っていたと思うんだけど」

「それは、そうですが……」


 小言をミアにぶつけてから、カミラを見据える。


「君も、懲りないのかな? 二度目ともなると見逃すことはできないんだけどね」


 普段の穏やかなカーティスとは違う様子に、カミラは息を呑んだ。

 ピリピリしているのを隠そうともしないカーティスにミアは慌てて間に入った。


「いえ! あの、違うんです!」

「何が」

「カミラさんには今、この前のことで謝られていて」

「は?」


 二人の掛け合いにカミラは落ち着いたのか、笑みを零した。


「ふふ、お二人はだいぶ気を許していらっしゃるようですね」


 そうして、背筋を伸ばし、手を身体の前で組む。


「アーレンベルク様にはお礼を申し上げたいと思っておりました。……先日はお見苦しいところをお見せいたしまして大変心苦しく思っています。そしてあの時、止めていただいたこと、本当に感謝しております」


 しっかりと頭を下げる姿に、カーティスは戸惑った。

 片手を振り上げていた人物と同一人物には思えない態度だ。


「このようなこと、後から申し上げても言い訳に聞こえると思いますが……あの時は、どうしてもベイカーさんにパーティーへ参加してほしくなかったのです。彼女は、平民ですから」


 カミラはそっと目を伏せた。

 ミアが平民であるという事実を噛みしめているようだった。

 そして、カーティスを再び見る。


「私も貴族ですから、パーティーがどのようなものかは存じておりました。ですから、平民の彼女には居心地の悪い空間になるだろうと、そう思いまして」


 だからパーティーへの参加を止めたかったのだと言う。

 けれど、と彼女は続けた。


「アーレンベルク様がその空気を変えてくださったのです。……本当にありがとうございます。私にはできませんでしたから」


 カミラが言うそれは、おそらくダンスをともに踊ったということだろう。

 ただ自分の気持ちに任せて踊っただけだ。

 ミアを助けようと思う気持ちはなかったカーティスは、カミラの言葉に首を傾げた。

 感謝されるようなことではない。

 それに。


「……聞いていると、君がミアのことを好んでいるというか、贔屓にしているように聞こえるんだが? 君はミアを憎らしく思っているだろう?」


 ミアはおそらくクラスで浮いているはずだ。

 平民であるにも関わらずトップの座に居座り続け、平民のミアよりよっぽど高等な教育を受けているはずの貴族令息や令嬢の高い鼻を折り続けているのだから。


 カミラは小さく首を振る。


「……ええ。もちろん入学当初は、平民に負けたと悔しく、憎く思いました。けれど彼女の知識量は膨大で、試験結果が偶然やいかさまでないことは明白でした。……トップだろうと思っていた私はいつも次席で……。ですが、今はベイカーさんにトップの座を明け渡してもらう時を楽しみにしておりますの」


 カミラの言葉は迷いなく発せられている。

 嘘ではなさそうだった。

 ほほほ、と笑うカミラを前に、カーティスは顎に手をやった。


「つまり君はミアのことをライバルと思っている、ということかな」

「! ま、まあ、そのように受け止めていただいても構いませんけれど!?」


 つん、と顎を持ち上げて、カミラは自身の髪をくるくると指で弄ぶ。

 完全に、照れ隠しのそれだった。

 不安が一気に払拭されたカーティスは、にっこりとミアに微笑みかける。


「よかったな、ミア。クラスメイトに友人ができた」


 それにカミラは挙動不審に「友人なんて……!」と眉を吊り上げるが、カーティスはうんうんといつも通りの穏やかな顔で頷いていた。




 パーティーの一件は、ミアを助けようと思ってやったことではなかったが、感謝の意を伝えてくれたカミラを見て思う。

 ロイモンドのように完璧にはこなせないかもしれない。

 ペンが言うように真似事になっているのかもしれない。

 けれど、現に自分の行いに感謝してくれる人がいる。


 多少なりとも、それは救いだな。

 カーティスはそう思うのだった。

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