第14話 馬鹿にする人間が?
あれから、カーティスはひどく居心地の悪い気分を味わった。
クラウスからは笑われ、アイリーンからは溜息、ミアからは怪訝な眼差しを浴びせられた。
そんなにおかしなことを言っているだろうか。
全くわからない。
しばらく揶揄われ続け、ようやく解放されたカーティスは一人でガーデンの隅で立つ。
特に用事があるわけではない。
ただ一人になりたいときにくる、カーティスの秘密の場所だった。
周囲の木々によって人が往来する場所からはあまり見えないのだ。
植物に囲まれているのも、少し、アーレンベルク家の庭を思い出し、落ち着ける。
誰も見ていないのをいいことに、地面にそのまま腰を下ろす。
はあーー、と盛大な溜息を吐いた。
マリーのことはラインフェルト公爵からもうすぐ入学すると聞いた。それを待つ。
ミアのことは、言うべきことはほとんど言った。ミアの考える時間を確保しつつ、これからリーヴェル領を売り込んでいく。
上手くいっているはずだというのに。
カーティスはもう一度大きく溜息を吐いた。
ミアにまで、おかしな顔をされるとはなあ。
カーティスが今思い悩むのは、先ほど散々貶され、揶揄われた言動が嘘くさい云々の件だ。
クラウスとアイリーンが面白がって、必要以上に悪く言っているのだと思っていた。
のに。
二人のように性格が悪いわけでもない、恐らくは本心から言っているだろうミアから、作り物のように言われてしまった。
何か対処を考えたほうがいいのだろうか。
悶々と一人悩んでいると、「おやぁ」という声とともに頭上が暗くなった。
「カーティス君じゃあありませんかぁ」
気配を一切感じられずカーティスは驚いたが、その独特の話し方には馴染みがあった。
平常心を保って顔を上げる。
見上げた先にあった顔は、白髪を撫でつけた紳士で。
相も変わらず神出鬼没な彼に、カーティスの眉が寄った。
「……校長先生」
「いやぁね。アタシとあなたの仲じゃなぁい。ペンって呼んで」
黙っていれば品の良い顔立ちなのだが、語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい話し方が台無しにしていた。
ペン・ダールマン。この学校の校長であり、カーティスの父ロイモンドの同級生だという。
緑と茶のチェック柄の目立つスーツに身を包み、ペンは髪を掻き上げた。
「……校長先生、いつもいつも急に現れるのはどうかと思いますが」
「んまぁ。つれないわねぇ。まあ、そんなところも本当ロイにそっくりなんだけどぉ」
立ち上がって、ズボンについた芝を払ったカーティスはペンを向き直った。
わざわざロイモンドの名前を出してくる意地の悪さに内心舌打ちをする。
「どうかされましたか?」
表面上は変わらない表情のカーティスにどう思ったのか、ふふ、とペンは笑った。
「前にアタシが教えてあげたこと、ロイに聞けた?」
ペンから聞いたことは、ロイモンドもこの学校に通っていたということだ。
帰省した際に、それが事実だということは確認していた。
黙って頷く。
「そ。次期辺境伯のお話も順調なのかしらぁ?」
「それは、父が決めることですから」
順調も何も、そんな話は彼から聞いたことがない。
跡を継がせるに値しないというのであれば、それを払拭するだけの行動をしなければ。
こっそりと奥歯を噛み締める。
ペンは目を細めてそれには何も言わず、大袈裟に手を広げてカーティスを指した。
「あなた、最近よく話題に上がってるわよぉ。あなたなりに頑張っているのねぇ?」
わざと言っているであろう、全く褒められた気がしない褒め言葉にカーティスの顔が曇る。
反対に、ペンの笑みは深くなった。
「何をお聞きになりましたか」
「ふふ、イロイロとね。一番面白かったのは、そぉねぇ、“幻の再来”かしらぁ」
聞き馴染みのない単語に、カーティスは首を捻る。
その反応に満足そうに笑みを浮かべて、ペンは教えてくれた。
「あなた、先日の建国記念のパーティーで踊ったでしょう? あ、フレンツェル家のお嬢さんじゃないわよぉ。平民のコ。あなたと踊った姿がまるで妖精のようだったと噂になっているわぁ」
身長差があったからだろうか。
確かに、小さいミアの踊る姿は、とても軽く、羽根が生えているかのようだった。
仕立ててもらったドレスも可愛らしく、妖精と噂されるのも仕方ないことかもしれない。
だが、それが何だと言うのか。
訝しげなカーティスの視線に、ペンは色気のある仕草で人差し指を自身の顎に当て。
過去にもあったのよぉ、と顎にあった指を弾いた。
「ホールの隅にいた、平民のコと踊って、注目を集めた見目麗しい男が」
ふふふ、とペンは腕を組む。
すらりとした長い足がより際立った。
「今でこそ平民と貴族は同じクラスで授業を受けられるのだけど、当時はクラスも別でねぇ、今よりももっと平民の待遇は悪かったのよぉ。──そんな中、平民とダンスを踊る。どうなるかわかる?」
「…………馬鹿にする人間が?」
「そうねぇ。馬鹿にしたり、偽善だと罵ったり、冷たい視線や暴言を浴びせられたり、かしらね。通常なら」
けれどその男はそうはならなかったのよぉ、と一切口調を変えず、ペンは言う。
浮かぶ笑顔は凄みのあるそれに変わる。
「完璧だったの。平民のコにダンスの申し込みをする仕草もダンスも、それに至るまでの他の場面でも。持っている地位も。だからその男は、“幻の紳士”と言われてねぇ。まあ、あまり社交界に顔を出さない男だったからというのもあるんだけど」
懐かしい過去を思い返すようにペンはうっとりと手を組んで空を見上げる。
「それに似ていたのよ、あなた。だから“幻の再来”ってねぇ」
ペンの、冷たく作られたような笑顔に、カーティスは小さく息を呑む。
わざわざ、神出鬼没のこの胡散臭い男が、話してくる内容だ。
聞いたことがない話だったが、だからこそ心当たりがある。
──この話は、おそらく、父の。
「カーティス君、あなた、何も知らないのねぇ」
顎を上げ、見下すようにペンは笑う。
それが、わざとであるとわかってはいるが、上手く整理ができない。
この男は、自身の父のことを何も知らないと言うだけでなく、カーティスがやったことさえも父の模倣のように言う。
もちろん何も知らないのだから、模倣のはずはないのだが。
何も知らされていないという現実と少しの劣等感が、過去の父の真似事をしてしまったようにカーティスは感じるのだ。
「……そうまで父がお好きなら、このような話、父に直接されればよいものを」
「おやぁ? 気に障りましたかねぇ。アタシはあなたとおしゃべりするのも、とても楽しいのよぉ。得られるものもとても多いのでねぇ」
本気でそう思っていると思わせる笑顔に、カーティスの顔は苦虫を噛み潰したようになった。
冷静なロイモンドよりも表情に出やすいカーティスからの方が引き出せるものが大きいと、彼は暗に言っているのだ。
未熟な自分を改善しようと心に刻んだ。
ペンはぱっと表情を和らげ、手をぱんと打つ。
カーティスは気分を害しただけであったし、何がしたかったのか不明だが、彼の用事は終わったようだった。
ペンはいつも神出鬼没に現れ、自分が言いたいことを言うと、何事もなかったかのように去っていくのだった。
が、今回は違った。
「あ、そうそう。先程、妖精のお嬢さん、一人で歩かれてましたねぇ。……彼女に用があるという女生徒、出会えるといいんですが」
「は?」
「あなた方がしきりにガードしていますからぁ? なかなか話す機会がないと仰っていましたよぉ。カーティス君もご存知の、髪の長いご令嬢」
言われて思いついた顔は、ミアに平手を繰り出したあの。
一瞬で顔を引き締めた。
こんな場所でしゃべっている場合じゃない。
「……これで失礼します!」と吐き捨てて、カーティスは乱暴に足を鳴らして木々を掻き分けていった。
その後ろ姿を眺めながら、ペンはひとりごちる。
「んふふ、面白いわぁ! 久しぶりに、ロイに
その声は立ち去るカーティスに届くことはない。
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