第13話 言うなら、珍しい鳥のようだから

 ポットからカップへ紅茶を注ぐ。

 湯気が立つ紅茶をカーティスとクラウスは優雅な所作で口につけ。

 並べられたお菓子は次々とアイリーンの口へ収まっていった。

 ミアの顔から笑顔が消えていたのはわかっていたが、気にしない振りをした。

 パーティーでの出来事や授業のこと、ロイモンドのことなど、各々が興味のある話題で談笑して過ごした。


 そうしてしばらく三人はティータイムを楽しんでいたが、耐えられなくなったのだろう、ミアが小さな音を立ててカップを置いた。

 ミアに視線が集まる。

 少し俯いて、しかし目線はしっかりとカーティスを見て、ミアは話した。


「すみません。お誘いいただいたことは嬉しいですし、本当に光栄なことだと思っています。ただ、どうして私にお声を掛けていただけたのか、どうしてもわかりません……」


 笑顔を作っているが、泣きそうにも見えるミアは、皆目見当もつかないようだった。


「はは、だよね」


 説明不足なのは重々承知している。

 カーティスが途中で会話を終わらせたのは、突然の通知に驚いただろうミアが落ち着ける時間を確保するためであった。

 アイリーンの睨みもあって、カーティスは、ごめんごめん、と謝るばかりだ。


「ミアにお願いしたいのは、リーヴェル領がここ王都から遠いからなんだ」


 王都から遠く離れた辺境の地にあるのが、リーヴェル領だ。

 広大な土地を持ち、辺境伯の地位による権力もあるが、王都のように賑わってはいない。

 娯楽が少ないからだ。


「正直に言うと、だ。王都で働ける能力がある人間が、なかなかあんな辺境の、何もないような土地で働きたいと思わないんだよ。貴族なら余計に」


 賑わっていないということは、住む人間も少なく、貴族社会における優美な生活を続けるのは難しい。

 お茶会やパーティーに参加するということも難しくなるだろう。

 アーレンベルク辺境伯家とお近づきになりたい貴族は捨てるほどいる。

 が、それとその土地で働きたいかどうかというのは全く別の話なのである。


 そもそも薬師として真剣に働きたいと考えている貴族がどれほどいるだろうか。


「僕はちゃんと真剣に薬師として向き合ってくれる人材が欲しいと思っている。実は薬草が自生している村があってね、そこの管理をお願いしたいんだ」


 できればその薬草で薬作りや、いずれは効能の研究などにも力を入れていきたいと考えている。

 それを考えるとミアはとても都合の良い人物なのだ。

 カーティスは手に持っていたカップを音を立てずにそっと置いた。


「……ミアだって、働こうと思えば、王都でだって働ける。それは理解している。けど僕は君を気に入っているし、貴族という面倒な役割もない。しかもとても優秀だ。だからうちで働いてもらえると嬉しいと思っているんだけど」

「……買い被りでは」

「いいや? 実力もなく、この学校でクラストップになれるわけないだろ」


 まだ不安げなミアにカーティスは「とにかく一度、考えてみて欲しい。時間はあるんだから」と言って、再びカップを持つ。


 アイリーンもクラウスも何も言わない。

 ミアが考えるべき事柄だからだ。

 それをミアも分かっているのだろう、それ以上何も言わず、目の前のお菓子に手を伸ばし始めた。







 ミアがお菓子を摘んだのを数回見送ってから、アイリーンがにまにまとカーティスを見る。

 面白がる色を宿した目に、嫌な予感がして、思わず目を逸らした。


「ふふ、聞きましてよ。膝をついて、ダンスの申し込みをしたんですって?」


 誰にとは言わないが、カーティスが前のパーティーで踊ったのは、アイリーンとミアだけだ。


「うっわ、俺もそれ見たかったなあ」


 クラウスが身を乗り出して興味を示した。

 増えたにまにまの笑顔と面白がる目に、カーティスは紅茶を一口飲んで、息を吐いた。

 ダンスを申し込むのも、跪くのも、なんらおかしいことではない。


「……それがなんだ」


 静かに対応するカーティスが面白くなかったのか、アイリーンは隣に笑いかける。

 隣に座るミアは、自分も関係している話だと察し、姿勢を正した。


「ねえ。ミアはどう感じまして?」

「どう、とは」

「そのままよ。跪いたカーティス様にダンスを誘われて、どう思ったのかってことよ」


 そう問われて、ミアは思い返すように目線を上へやる。

 んー、と首を傾げて、ミアは答えた。


「とても素敵でした。けど、」

「けれど?」

「……ダンスのお誘いをいただいたのも初めてのことなのに、こう言うのは失礼かもしれませんが、決まったセリフのようで、少し笑ってしまいました。その時は私も気落ちしていたので、きっと気持ちを楽にしてくれようとして下さったのだと思いますが」


 ミアはそう言うと屈託なく笑う。

 反対にカーティスの顔はみるみると暗くなった。

 見ていたクラウスは、ぶはっと吹き出した。


「ほら、だから言ってんじゃん! お前のは嘘くさいんだって」

「いや、嘘では」

「嘘じゃあないのかもしれないけど、普通の人には違和感があんの! お前がいつも踊ってるのは貴族のご令嬢だしな。お前を見る目にはいつもフィルターが掛かってんだよ」


 だからお前の嘘くさい言動にも気づかないし気にならないんだ! とクラウスはカーティスを指差した。

 それを受け、言葉を上げたのは別の人物だ。


「あら、駄目よ。人を指差すなんて。はしたないわ」

「アイリーン嬢……」

「カーティス様の口説き文句、わたくしのミアには届かなかったみたいですわね」


 にっこりと止めのごとく放った言葉に、カーティスはアイリーンの狙い通りに落ち込んだ。

 ますます笑みが深くなる、婚約者コンビ。

 ミアは状況が飲み込めず、おろおろしながら見守っている。

 婚約者コンビは日頃の恨みを晴らすかのように、ここぞとばかりに抉ってくる。

 そんなにひどいこと、僕はしていないと思うんだけどな。


「ほら、なんでしたっけ。ミア、カーティス様がそのような話し方をされる理由、お聞きになりたくはありませんか?」

「教えてやれよ、ミアも聞きたいってさ」


 聞きたいって言え、というクラウスの無言の圧力にミアは「はい」とぽつりと言った。

 カーティスを弄ることで楽しみまくっているクラウスとアイリーンに、それに飲まれてしまっているミア。

 カーティスは対抗するのを諦めた。


「…………だろ」

「え?」

「似合う、だろ、僕」


 恨めし気にクラウスとアイリーンを睨んで、カーティスは答える。

 その顔は、苦渋に歪んでいるというよりは、困惑しているといった表情だ。

 カーティスは動揺で落としてはまずいとカップをソーサーに戻した。


「え……似合います、が……え?」


 ミアは自身の就職話の時よりも狼狽している。

 やっぱり何かおかしいんだろうか。

 カーティスは首を捻る。

 令嬢が喜ぶと思うんだけどなあ。



 カーティスが寄宿学校で覚えたことは、自身の容姿が、とても目立つのだということだ。

 とくに女性であれば、だいたい二度見されるか凝視されるか赤面されるか、あとは顔を隠して逃げられるかだ。

 それを考えればアイリーンとミアは貴重な人間だと言える。

 が、それは置いといて。

 カーティスはそういった人々を観察しまくった。

 最低限のマナーは領地で学んできているが、正直実践の回数は少ない。

 フランツのアドバイス通りに少しでも格好良い人物像になれるよう、どうすれば令嬢たちに受け入れられるのか反応を見て学んでいった。

 結果がこれだ。

 常に穏やかに、爽やかな笑顔を浮かべ、壊れ物を扱うかのように女性の手を取る。

 そうすれば大抵喜んでもらえる。

 ──彼女らが求める、彼女らの理想の人物のように、なれるのだ。


「クラウスたちには散々似合わないと言われてるんだけどね、もうどうしようもないというか。勝手に身体が動くし」


 そもそも何が駄目なのか、カーティス自身わかっていないから直しようもない。


「別に、彼女たちも、僕に愛情を向けてほしいとは思っていないのだから、彼女らの理想として接するのも優しさかなと思っててね。僕は、言うなら、珍しい鳥のようだから」


 珍しい鳥が目の前にいたら、興味を引かれるのが普通だ。

 そしてできればその綺麗な羽根を見せてほしいと思うだろうし、美しい声で鳴いてほしいと願うだろう。

 自分のものにはならなくても、また一目会いたいと焦がれるのはごく当たり前のことだ。

 だから、令嬢たちがまるで親しそうに「カーティス様」とファーストネームで自分を呼んでいることも知っているが、公の場で呼ばないならいいかと甘んじている。


 狼狽したまま、ミアはこてんと首を倒した。


「え、っと。カーティス様は確か、好いている方がいらっしゃるのでしたよね……?」

「ああ、何か噂でも聞いた? そうだね。それを隠したことはないかな」

「その好いてらっしゃる方は、カーティス様がこのように他のご令嬢方に接しておられることをご存じなんですか?」

「……いいや? おそらく知らないと思う。知ってくれていればどんなにいいと思うことか」

「ええ? その、よくわかりませんが、他の女性にも必要以上に優しくされる男性って、好まれるでしょうか……?」

「? 嫌われている男より、好かれている男の方が、いいだろう?」


 困惑した顔同士でもう一度首を傾げる。

 それを見て、クラウスとアイリーンは面白がる目つきのまま、溜息を吐くのだった。


「つまり、面倒くさい奴なんだよ、こいつ。……ミア、見放さないでやってね」


 クラウスのカップにはもう何個目かわからない、角砂糖が落とされていた。

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