第12話 責任は取るつもりだよ

 建国記念パーティーの夜が明けて、一週間が経った。

 休みを挟んでいるにもかかわらず、校内では今もまだパーティーの噂話は収まらない。


「聞きまして? 先日の建国記念パーティーでカーティス様が楽しそうに踊っていらしたと」

「ええ、ええ。フレンツェル嬢とご一緒に入場されたと聞きましたわ」

「家柄も容姿も申し分ない方ですもの、お似合いのお二人よねえ。ダンスもとてもお上手で皆様を魅了されていたとのことですし。拝見できなかったのがとても残念ですわ」


「──ですが、カーティス様が踊られたのは、平民の方だったというお話も耳に挟みましてよ」

「平民というと、あの例の……?」

「ええ。近頃カーティス様たちと一緒によく見かける……」

「身の程知らずにもカーティス様に言い寄っているんでしょう?」

「たしかフレンツェル嬢のご友人だとか」

「まあ! それにしたってあんなに高貴な方々と並ぶだなんて、大層な自信をお持ちだこと」


 校内のガーデンで繰り広げられるお茶会で、令嬢たちは好き勝手に噂話を広めまくる。

 それには事実でないものも含まれていたが、話好きの令嬢は気にしない。

 要は楽しい話題で、お茶会の場が盛り上がればそれでいいのだ。


 そしてその噂話は、当然のようにカーティスたちの耳にも入ってきていた。







 授業が終わった後、四人は談話室に集まった。

 メイドに用意してもらったティーポットとお菓子が並ぶ丸テーブルに腰掛ける。

 全員ティータイムにはそぐわない、固い表情だ。

 そんな中、アイリーンが口火を切る。


「さあ、弁明していただきましょうか。カーティス様」


 カムフラージュに踊ったダンスの後、そそくさと、けれどもちろん優雅さは忘れずにホールから退室した。

 外で集まって話してもよかったが、これ以上無駄に目立たないよう、この日はそのまま解散したのだった。

 そうして今、噂話の件も含めて、カーティスの言い分を聞こうと集まっている。


「弁明も何も……。アイリーン嬢がダンスの申し込みで困っていたようだったから、僕が相手をすることで負担を軽くしてあげられればと思ったまでだよ」


 カーティスは困った顔でアイリーンに微笑むも、彼女は全く納得しない。

 なおも追及してくるものだからカーティスは苦々しく重い口を開いた。


「それで?」

「まあ……そのついでだよ。ついでにね、ある人物の目に留まって、話ができればいいかなぁとは思っていたんだ。ほら、アイリーン嬢は目立つから」


 エスコートをして一緒に入場し、踊ることで、その人物──アデルのことだ──に話しかけられるきっかけ作りになればと考えたのだ。


「アイリーン嬢とクラウスは知っての通り、その人物とは無事に会話できたんだ。助かったよ」

「それは良いのです。その件についてはわたくしにも良いことがありましたので」


 こほんとアイリーンは話を濁して、再び真剣な顔をした。


「ではなく、こちらに関してはどうお考えで?」


 そうしてミアの目の前に置かれた手紙の山を指す。

 建国記念パーティーの後送られてきたという大量の手紙だった。

 差出人は、ミアに興味を示した貴族や病院だ。


「ミアの実力が呼び寄せたんじゃないかな。何せミアはクラストップの実力なんだから」


 ミアの専攻は薬師である。

 毎日薬師になるための授業を受けているのだ。

 無事に卒業できれば、薬師を欲しがる貴族の屋敷や病院、薬屋にも就職ができる。

 はずである。


 というのも、ミアが平民だからだ。

 貴族は屋敷に平民を入れたがらないし、大きな病院や薬屋はそれなりの後ろ盾がないと入れない。

 小さな町医者や薬屋であれば大きな問題はなく就職できるだろうが、給金に大きな差が出る。

 平民で、給金が高い就職先に行くには、貴族の後ろ盾が欠かせない。

 だから、在学中に貴族の目に留まって、支持をもらうことが大切なのだ。

 もちろん学校での成績が優秀な場合は、学校自体が後ろ盾となってくれることもあるのだが。


 この手紙の山は、パーティーでのミアの姿を見た貴族が、支持したいと名乗り上げてきたということだろう。

 病院からの手紙はおそらく就職口の斡旋だろうか。


「良かったじゃないか。ミアもこの学校へ通っているということは、薬師の仕事をしたいと考えているからだろう?」


 そうしてミアへ視線を移したカーティスだったが、アイリーンは腰に手を当てて、なおも言い募る。

 ミアは眉を下げて曖昧に笑っているだけだ。

 クラウスにいたっては、飽きたのか、平然とした顔でティータイムを楽しみだした。


「そう。それはいいのよ。ミアの実力もその通りではありますし。けれど、カーティス様が楽しそうに共に踊ったからというのも大きいでしょう?」


 ”楽しそうに”に力を込めてアイリーンはカーティスを指差す。

 パーティーのダンスにて、カーティスとミアが親しそうだと見ていた者は思っただろう。

 ミアを手中に収めれば、カーティス━━つまりはリーヴェル辺境伯の息子との伝手が作れると考えた者もいたはずだ。

 その結果があの手紙の山だ。


 困ったな。

 差された指を見ながら、カーティスは考えを巡らせた。

 正直、ここまで大ごとになるとは思っていなかったのだ。

 パーティー当日には誰からも声が掛からなかったと聞いたから、二、三か所から打診があればいいなあとは思っていたのだが。

 自分の家ながら、すごいな、リーヴェル辺境伯家。


「何もお話もなく、独断で行動されるのでミアも対処の仕様に困っているではありませんか! おまけにカーティス様をお慕いしているなどと不名誉な噂まで!」


 とにかくアイリーンはミアの心配をしているのか。

 そう理解して、もう一つ、話していないことで、話さなければならないことを伝えることにした。


「不名誉だなんて、大概アイリーン嬢もひどいんじゃないかな。まあ、けど責任は取るつもりだよ。……これを、ミアへ」


 そうしてカーティスが懐から差し出したのは、またしても封筒であった。

 それを手紙の山へ乗せる。

 誰もが知っているだろうリーヴェル辺境伯家の家紋が印されていた。


「確かに独断で動いていたことは謝る。けど、まだ確証がなかったから。こればかりは僕個人の意見ではどうしようもできないし」


 家紋の印を押せるのは、当主であるロイモンドだけだ。

 カーティスはロイモンドへと手紙を書いて、正式な通知が届くのを待っていた。


「これは父から。こういうことは当主からじゃないと意味を成さないからね。届いたのは昨日だったんだ。開けてみて」


 ぴり、と封を切り、ミアは紙を開いた。

 丁寧な書体で、簡潔にこう記されてあった。


『ミア・ベイカー殿 君が優秀な人材だと聞き、ぜひリーヴェル領に迎えたい。 リーヴェル辺境伯ロイモンド・アーレンベルク』


 読んで顔を上げたミアを、カーティスは笑顔で迎えた。

 手紙を覗き込んだアイリーンとクラウスはやれやれといった風情だ。


「ミア、リーヴェル領に就職しない?」


 にこにこと微笑み続けるカーティスに、ミアは戸惑う顔を見せた。

 戸惑ったまま、助けを求めてアイリーンを見やる。

 それを受けてアイリーンはミアに向けて話し始めた。


「カーティス様は、ミアのような優秀な薬師が自領に欲しいのでしょう。確かに、今回の件でドレスの用意などしていただきましたから、借りはあるかもしれないわ。けれど、ミアには他からも多くの方から手紙がきているでしょう。その中から自分にとってどこがいいのか見極めて返事をするのがいいと思うわ。カーティス様も、貴女に選択肢を増やそうとして自ら踊ったのでしょうし」


 仕方なくカーティスをフォローする形になったアイリーンは小さく息を吐いて、カーティスへ続きを促した。


「ああ、僕のところへ来てもらえると嬉しいけどね、他のところにもいい条件があるだろうから、よく考えてほしい。リーヴェル領は……遠いから。できれば次の長期休みまでにどうするのか返事は欲しいかな」


 ミアが小さく頷いたのを見て、ようやく紅茶に口をつけ始めた。

 大事な話をした後だったからだろう、鼻を抜ける茶葉の香りが一際感じられる気がした。


 それまで傍観していたクラウスはミアへお菓子を勧め、カーティスを横目で見る。


「お前……邪な心で、ドレスを贈ったんだなあ。やっぱ男が服なんて贈るときはろくなことがないもんだな。何が慈善事業だ」

「邪って……強く否定できないのが、腹立つけど」


 二人のやり取りを聞くなり「本当によーく考えた方がいいわよ、ミア」とアイリーンはミアに耳打ちして。

 ようやくティータイムに似つかわしい穏やかな空気になった。

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