第7話 何か力になれないかな
「え、クラウス、この娘知ってるのか」
カーティスはまさか? とじと目になる。
「んー? ああ、違う違う。別に遊んだことある子とかじゃない」
あはは、とクラウスは手を振って否定した。
そのまま掌を上に向けてミアを指す。
「カーティスも知ってるだろ、ミア・ベイカー、だよ?」
もう一度名前を言われて、ああ、と思い出す。
確かに聞いたことがある名前だった。
だが。
ミアを真正面に見る。
「…………聞いていた印象とは随分違う、な?」
「それは俺も思ったけど」
じっと男二人に眺められ、ミアは所在なさげに胸の前で指を組んだ。
「あ、あの。私のことをご存知なんですか」
「ん? ああ知ってるよ。君は有名だもん。平民の成績トップは、学校初の快挙でしょ」
クラウスは琥珀の瞳をきらっと輝かせて、ミアを覗き込む。
カーティスたちがいる寄宿学校は、貴族も平民も通える学校で、通い始めれば同じ教育を受けられる。
しかしそれまでの環境や資金などによって、貴族と平民とでは元々の学力に差が出てきてしまうのだ。
もちろん平民の中でも入学してから徐々に成績を伸ばす者もいる。
が、ミア・ベイカーは違った。
彼女は入学当初から頭角を現し、自身が専攻するクラス内で常に成績トップの座に居座り続けているのだ。
不正だと喚いたクラスメイトをその博識で黙らせ、以降彼女に不正だと言う者はいなくなったと聞く。
同じクラスの貴族からしてみれば、面目丸潰れと言ったところか。
興味津々のクラウスを押しのけて、カーティスは愛想の良い笑顔を向ける。
「ええと、ベイカー嬢? さっきのご令嬢は君の知り合い?」
「あ、はい。同じクラスの、方で」
カーティスはそこまで聞いて、先の考えがおおよそ合っているのだろうと察した。
やっかみも、手を出すところまでくると、ね。
可愛いものだと済まされるものでもない。
「ちなみに、僕たちのことは知っている?」
「…………すみません」
ほとほと困ったように縮こまって謝るミアの姿は、知らないと言外に述べている。
「だって! 俺らもまだまだ知名度低いんじゃない」
けらけらと隣で面白そうにクラウスは笑う。
「助けてもらったのに、本当にすみません。カミラさんの様子で、地位の高い方なのかな、とは思っています……」
カミラというのは、先ほどの貴族令嬢のことか。
カーティスはふっと息を吐いて、殊更優しく言葉をかける。
「別に謝る必要はないよ、ベイカー嬢。僕はカーティス・アーレンベルク。こっちは、」
「クラウス・エーヴァルト。よろしくねー」
カーティスとクラウスの名前には心当たりがあったのかミアは口に手を当てて驚く。
「あ! お二人があの! すみません、ちょっと顔と名前が一致していなくて……」
おそらく飛び交う噂話を聞いたことがあったのだろう。
どんな噂かはわからないが、不審者にはならなさそうで助かった、とカーティスは安堵する。
「名前だけでも記憶に残ってくれていたみたいで何よりだよ。それで、先ほどの会話を少し聞いてしまったんだけど、パーティーに出席するというのは本当?」
ミアはびくりと表情を強張らせた。
カミラ同様に辞退を迫られるかと思ったのだろうか。
「ああっと、ごめんね。責めているわけじゃない。僕たちも出席するから、ベイカー嬢が出席するなら何か力になれないかなと思ったんだ」
そこまで聞いてミアは少し表情を緩ませ、ようやくカーティスの顔を見上げる。
「……そのベイカー嬢って呼び方、やめていただけませんか。聞き慣れなくて。できればミア、と」
「そう? じゃあ、ミア。もう一度聞くけど、パーティーに出席するというのは本当?」
「……はい。どうしても参加したくて」
ミアはキリと奥歯を噛む。
カミラと対峙した時と同じ、強い意志のある瞳を、カーティスは心地良く感じて。
あーたぶん気に入ったんだなぁー、と他人事のように思う。
「カミラさんも言っていましたが、着ていくドレスは確かに持っていませんし、パーティーっていう場にも行ったことはないので……場違いなんだろうなってことはわかっているんですが……。でもドレスは貸してもらえると聞いたので」
行ってみたいのだとミアは言う。
確かに、簡単に用意できない者のためにドレスや礼服を借りられる制度はある。
あるのだが。
カーティスとクラウスは顔を見合わせる。その顔は、とても困っていた。
「うーん、なんというかね」
「そうだね。なんとも言いにくいのだけど、ミアには、その、借りるのは難しいかもしれないね」
目の前のミアは、とても小さかった。
小柄な女性と比べても更に頭一つ分ほど身長が低いのだ。
その姿がなんとも可愛らしく、クラストップに君臨する、あのミア・ベイカーとはイメージがかけ離れていた。
なんと言おうか考えあぐねいていると、ミアはどんどん縮こまっていった。
「やっぱり、平民には貸してもらえないんでしょうか」
「そういうわけじゃ、」
こういうときになんでアイリーン嬢はいないんだ。
と、この場にいない者に心の中で八つ当たりして。
ええとね、と傷つけてしまわないか様子を見ながらカーティスは話し始めた。
「ミアはとても小さくて可愛らしいから、学校に置いてあるドレスではサイズが合わないと思うんだよ」
カーティスの意見にミアは軽く俯いたものの、彼女自身納得できる理由だったようでただ残念そうにするだけだった。
「……じゃあ……仕方ないですね、さすがにドレスを買うことはできませんし」
諦めます、と続けたミアを遮るようにカーティスは言葉を被せた。
「そうだ、もしミアが良ければ、ドレスを贈らせてもらえないか」
突然の申し出に、ミアはもちろんクラウスまで目を瞠った。
カーティスは素知らぬ顔で話し続ける。
クラウスの言いたいことはわかっているつもりだ。
「ちょうど学校に寄付をしようと考えていてね、その一部だと思ってくれればいい。寄付は貴族の役目のようなものだから」
遠慮はしないようにと、カーティスは寄付と貴族の役目を強調した。
「一緒に買いに出掛けてもいいし、一人が不安なら誰か連れてきてもいい。あー、アイリーンという女性の友人がいるから、彼女に付き添いをお願いしてみようかな」
どんどん話を進めようとするカーティスの腕をクラウスが引く。
あまりの急展開にぽかんとしているミアを横目に、声を落として詰め寄った。
「どうしたんだ、カーティス。女の子に服を贈るなんて。珍しいじゃないか。しかも学校に寄付? お前の一存じゃ無理だろう」
「それはたぶん大丈夫。学校への寄付はいつもしているし。それの使い道に貸衣装と一言付け加えてもらえばいいだけだ」
「たぶん、て」
「それくらいはおそらく父上も反対しないよ。もし反対されたとしても、ミアの衣装代くらい僕が出そう」
「──不確定要素が多すぎるだろ! どうした急に! そこまで肩入れする必要あるか? 俺ならともかく……お前だぞ?」
カーティス様は優しく、望めば共に踊ってくれるけれど、特別な一人は作らない。
カーティスに入れ込む女性たちの言葉だ。
ダンスはしても、その後発展することはないからだ。クラウスとは違い、デートにも出掛けない。
その理由を知っているクラウスは、だからこそ今のカーティスに首を捻る。
「……なんだ例の彼女、とうとう諦めたのか」
「まさか。まだ再会もしていないのに諦められるわけない」
「だったら」
「……ただの慈善事業だよ。まあ少し恩を売れたらなぁとは思っているけど」
ぼそぼそとした男二人の会話をそれで切り上げて、ミアに向き直った。
その顔は、驚きは抜けきっていないもののわずかに喜んでいるようで、放心からは少し立ち直ったようだった。
カーティスとクラウスは、間にミアを挟んで、アイリーンの待つ食堂へ向かった。
今日の昼休みは落ち着けなさそうだなと思いながら。
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