第6話 お前でも良かっただろ

「あ、そうそう。二人とも、パーティーには出席するのかしら」


 アイリーンはクッキーを摘まんだ。

 カーティスとクラウスの顔を交互に伺いながら、口に放り込む。

 名家の令嬢らしからぬ所作だが、見慣れた光景だった。

 カーティスは答える。


「ああ、僕は出席する予定で考えているよ」


 パーティーというのは、王宮で開かれる建国記念パーティーのことだ。

 各領地と被らないように王宮では新年のパーティーは開催されない。その代わり、盛大な建国記念パーティーが春前に催される。

 王家が主催のパーティーということで爵位を持つ人物も招待され、大きな社交場の一つとなっている。


 そこへ、寄宿学校に通う生徒の成績上位者は招待されるのだ。

 カーティスもクラウスもアイリーンも、招待状が届いていた。

 招待されるとはいえ、たかだか学生。王都の寄宿学校で優秀な生徒を称えたい、職に就く前にコンタクトを取っておきたいという名目は一応あるものの、出席は任意だ。

 しかし爵位を持たない者が個人名で招待されることは滅多にないため、記念にと出席する学生が多いのだった。


「俺も出席。家からも出るように言われてるし。アイリーンは? お前も、何か言われてるんだろ?」


 クラウスの問いにアイリーンは悩ましげに目を伏せた。


「……そうね。出席しないといけないわよねぇ。あまり気乗りはしないのだけれど」


 アイリーンの気乗りしない原因は、ダンスの申し込みが殺到することだろう。

 男性が女性へダンスを申し込むことが礼儀とされるため、今がチャンスとばかりに男性が群がってくる。


「いいじゃん、たまには誰かと踊ってやれば」

「……仮にも婚約者に向かってそれを言うの?」

「やー、だってなぁ? 俺も他の女性と踊ってるわけだし、アイリーンにとやかく言えないわけ」


 軽く首を振り、クラウスはへらっと笑った。

 そんな彼を一瞥して、アイリーンは溜息を吐く。


「…………クラウスに遠慮して、ということはないから大丈夫よ。ただ、ご当主様に敵う人がいないんですもの。まぁあんなに素敵な御方は他にいらっしゃいませんから、仕方のないことなのですけれども」


 うっとりとした様子で頬に手を当てる。

 紅茶を飲んでいたカーティスは危うく吹き出しそうになった。

 自分の父へ向ける熱を帯びた思いが、なんとも居心地が悪いのだ。いい加減慣れたつもりだが、油断していると表情に出てしまう。

 しかもカーティスが思うロイモンド像と、アイリーンが言うロイモンド像では多分に差異があるから尚更だ。それは誰?と思ってしまうのだった。


「それに比べて……」


 むせたカーティスには触れず、アイリーンは続けた。


「顔はいい殿方が二人もいて、虫除けにもならないなんて」


 以前のパーティーでの一件をアイリーンは忘れていなかった。

 カーティスとクラウスと並んで立っていても、アイリーンへのお誘いは減らなかったのだ。

 学校でもよくこの三人で集まっているために特に意識されなかったのだろうと後々にわかったのだけど。


「っごほ、や、その件はすまなかった……」

「たしかにちょっと目を離したのは悪かったと思うけど……ま、どうにかなったんだし、そんな根に持たなくても」

「なったではなく、どうにかしたんです。断るのにも気力を使うの。貴方たちのようにどなたとでも踊るわけではありませんので」


 アイリーンは頬を小さく膨らませる。


「そんな節操無しみたいな言い方すんな」

「その通りでしょう」


 まあまあ、とカーティスは二人を宥めて、一つ提案する。


「だったら、今回は僕がパートナーを務めようか? もちろん二人が了承するならだけどね」


 にこりと笑うカーティスに、クラウスは眉を寄せ、アイリーンは困ったように眉尻を下げた。


「え……わたくしとしてはありがたい申し出だけれど、」

「ああ、俺も、特に異論は無いが……」


 揃って気遣いがちにカーティスを見てくるものだから、本当にこの二人は気が合うな、とカーティスは思った。


 婚約者不在の独身男性が入場から女性を連れていることはほとんどない。

 妹など親族を連れている場合はあるが、そうでない場合は、もう既に相手が居ます、と言っているようなものだからだ。

 結婚相手を探そうとしている人間には不適切な役だった。


「心配してくれてありがとう。でも結婚相手を探しているわけではないし。自分で言うのもおかしい話だけど、僕はけっこう良い虫除けになれると自負しているんだけど。どうかな」


 力を持つ伯爵家の令息令嬢。この二人のカップルに異論を唱えることのできる者はなかなかいないだろう、とのカーティスの目論見だ。

 婚約者同士の二人もその目論見には一瞬で気づく。だからこその気遣いだったが、カーティス本人が構わないと言うなら他に強く拒否する理由も無い。


「じゃあ、今回はお願いしようかしら。カーティス様に不利な噂が立ってしまわないかは心配だけれど」

「ああ、そんなもの。構わないよ、不利になることなんて何にも無いから。高嶺の花のアイリーン嬢をエスコートできるなんて光栄だな」

「ふふ、そんな台詞はどこから出てくるのかしら」

「……はは、僕は思ってもいないことは言わないよ」


 にこりと形だけ微笑み合う。

 その様子にクラウスは一瞬嫌そうな顔をして、その後首を傾げた。


「あれ、俺は?」

「お前はいつものようにしていればいいだろ」

「そうね、貴方はいつも通りお好きな女性と踊っていなさいな」

「冷たっ」


 クラウスは口を尖らせたものの、特に気にした素振りも見せず、アイリーンが摘まんでだいぶ減ったクッキーに手を伸ばした。

 それを見てカーティスもカップを手に取ってそっと紅茶に口を付ける。

 少し冷めていることに気づき、入れ直してもらうためメイドを呼んだ。


 建国記念パーティーまであとひと月半。

 気にするところは衣装ぐらいだろうか。女性ならまだしも男の準備などたかが知れている。

 カーティスはその時がくるのをゆっくりと待つのだった。




 ◇◇◇




 帰省していて浮ついていた生徒たちも授業が始まってからはすっかり落ち着きを取り戻していた。

 雪が張り付き白くなった木々を見ることもなくなり、少しずつ暖かい日差しも増えてきている。

 午前の授業が終わり、今は昼休みだ。

 アイリーンと合流するためクラウスと食堂へと向かう。


「うーん、そんなに俺も悪くないと思うんだけど、やっぱ家の違いかね」


 騎士専攻のカーティスとクラウスは、授業中よく試合を組まされる。

 生徒の中では二人が飛び抜けているからだ。


「何が」

「いまいちお前に勝ちきれないのが」

「……あー……」


 カーティスには思い当たる節があった。

 そうかもね、とだけ返して先ほどの試合を思い返した。

 クラウスは良くも悪くも型通りなのだ。

 基本的な動きがとてもできている。あとは妙に捌き方が上手く避けるのも得意だから、型通りの戦いであれば、クラウスは強い。

 だがそこへ型から外れた動きを少し混ぜるとあっさりと勝ててしまったりする。

 だから、上位騎士のフランツの動きを見慣れてしまっているカーティスには物足りなく感じることがある。

 フランツはでたらめだからな。

 そしてこれは幼い頃からの慣れによるものだから、クラウスに言ったところで通じないだろう。カーティス以外の生徒には間違いなくクラウスは強いのだから。


「──!」

「─────!」


 他愛のない話をしながら食堂へと足を進めていたが、聞こえてきた声に足を止めた。

 建物の陰から、苛立った女性の声がする。

 クラウスと目配せして少し近づいた。


「たかだか平民風情が、王宮のパーティーへ参加するですって? 身の程を知りなさいな!」

「でも招待状が、」

「それが何? 分不相応だと辞退するのが筋でしょう」


 髪の長い女生徒が、肩で切り揃えられた茶髪の女生徒に声を荒げていた。

 相当苛立っているように見える。


「それに、パーティーで着られるようなドレスをお持ちで?」

「それは、」

「大人しく辞退なさいな」


 ふふん、と貴族の令嬢は自分の長い髪を手で払った。ふわっと髪が風に靡く。

 勝ち誇った笑みに、しかし茶髪の女生徒は引き下がらなかった。


「確かにパーティーに行くようなドレスは持っていないですけど。でも、借りられると聞きましたし……。ちゃんと正式な招待状もいただいてますし。辞退しろだなんて貴女に言われる筋合いはないです!」


 茶髪の女生徒が拳を握り、力強く。

 強い意志を持った目を、彼女に向ける。

 それは弱者の目ではなく、かといって反抗心のある目でもなく、ただ自分の正当性を信じただけの純粋な眼差しで。


 貴族令嬢は、カッと手を振り上げた。


 ──パシっ


 茶髪の女生徒の頬を狙った平手は、彼女に届くことなく。

 大きな手に受け止められた。


「すまないね、たまたま通りかかったら声が聞こえたものだから。女性が手を上げるところを見たくなくて、つい飛び出してしまった。……少し強く握ってしまったかもしれないな、大丈夫?」


 カーティスは受け止めた手をそっと持ち直しながら、二人の間に立つ。


「あ、なたは、カー……アーレンベルク、様!」


 ファーストネームで呼ぶほど愚かではないということかな。

 そう思ったことを悟らせることなく、にこりと綺麗に微笑んで、カーティスは貴族令嬢の手を懐から出したハンカチで覆う。


「赤くなるといけないし早めに冷やした方がいいかな。ああ、このハンカチを差し上げよう。濡らして冷やすんだよ。それとも医務室の場所までご案内しようか」


 矢継ぎ早に、心底心配そうに言葉を紡ぐと、貴族令嬢の顔は徐々に赤くなっていく。

 失態による羞恥からだろうか、彼女は慌てて髪を整えた。


 結構ですわ、わ、わたくしはこれで失礼いたします!と言い捨てて、去っていった。

 カーティスが見送っていると隣で拍手が鳴る。


「わー。すごい力業ー。さすがだなぁカーティス」

「うるさいな。お前でも良かっただろ!」

「そうだけど、少し反応遅れちゃったしー。良かったの、ハンカチ」

「別にハンカチ一枚で場が収まるなら大したことない。他にも持ってるし」


 少し遅れてやってきたクラウスが残った女生徒を見やる。

 先ほどの会話から、彼女は平民なのだろう。

 そして建国記念パーティーの招待状を持っている、と言った。

 思い当たる人物が一人だけいる。その名前を口にした。


「平気? ミア・ベイカーさん」


 茶髪の女生徒──ミアは訝しげながらも、こくんと頷いた。

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