第4話 着いて早々面倒だな

 寄宿学校の冬の長期休みというのは、新年を迎えるための準備や新年の顔合わせのために設けられているという。

 豪雪地帯に実家があるという生徒もいるため、二ヶ月間と結構長い。

 カーティスの住む屋敷はそこまで雪は酷くないが、領地内には雪が降り積もり馬車が通れなくなる場所もある。

 だからロイモンドはいつも雪が降る前に領地を見回る。年に一度くらいは領地を回っておきたいと考えているのだ。


 領内の町長や要職に就く人物と直接会う機会はそう多くなく、ロイモンドは領地回りを大事にしている。新年の挨拶を兼ね、感謝と激励をして回るのだ。

 大抵、領主は自身の屋敷に人々を呼び集め、新年の顔合わせのパーティーを行うのだが、パーティー嫌いのロイモンドは開催しない。

 余計な人々と会わずに済むし領地を巡る機会にもなって、ロイモンドにとって一石二鳥なのだった。


 いつものごとく一緒にきてもこなくても構わないというスタンスのロイモンドに、カーティスはついていくと宣言して。

 二ヶ月間の長期休みは領地回りと新年の挨拶であっという間に終わってしまった。


「なかなかゆっくりできませんでしたね」

「いや、各地を回れてよかったよ。学校にいるとなかなかこちらまで帰ってくることは難しいしね」

「そう言わず、お休みのたびに戻ってこられてはいかがですか。ロイモンド様も楽しそうでしたよ」

「ん、いや……どうだろ。いつも通りだったと思うけど」


 自分がいない時のロイモンドをカーティスは知らない。

 コリンナがそう言うのなら、多少変化はあったのかもしれないが、楽しそうだったかまでは判別つかない。


「だけど今回は帰ってきてよかったかな」


 直接ロイモンドに後継者を目指すと宣言できたのが一番だ。

 あれきり本当に話は終わりにされてしまい、一度も話に上がらなかったけれど。


「ああ、ほら、薬草が採れる村はとても興味深かったな。あとは織物だね! 変わった染色だった。子供の頃にも回ったことがあったけれど、また違った視点で見ることができてとても有意義な時間だったよ」


 領地を回れただけでもカーティスは楽しかった。ロイモンドに聞けば少し踏み込んだ説明をしてくれることもあってますます領地に興味を持ったのだ。

 身振り手振りをつけてコリンナに説明する。

 それに、コリンナはただただ微笑んで頷いた。


「よかったです。またいらしてくださいね。……ロイモンド様に挨拶はもう?」

「ああ、先に済ませてきた。見送りはいらないと言ってきたからこのまま出発するよ」

「そうでございますか。道中お気をつけて。ああ、お身体にも十分お気を付け下さいませ」

「ふ、わかってる。もう子供じゃないんだから。コリンナもね」


 今日は朝から屋敷中に出発の挨拶をして回った。

 門の前で最後の一人コリンナに別れの挨拶をして、カーティスは学校へ戻る馬車へ乗り込んだのだった。







 学校に着くと、帰省しなかった者や家から戻ってきた者がちらほら見受けられた。

 荷物は御者に部屋まで運んでもらうこともできたが、大した荷物でもないので断り、自ら持った。

 学校の敷地に踏み入れる。

 学校は白を基調に造られており、建物はもちろん、門や通路の石畳まで白で統一されている。

 石畳の両側には緑が植えられ、簡易的なガーデンとなっており、過ごしやすい季節にはよく憩いの場として利用されている。

 慣れた白い石畳の上を歩く。黒い革靴が映えた。


「あ! ほら見て! カーティス様よ」

「あの辺境伯様の……。本当いつ拝見してもお美しいわ」

「学校へ戻ってすぐにカーティス様のお顔を見られるなんて! なんて幸運なのかしら」


 グレーの制服に身を包んだ女生徒が数名こちらを向いて話している。

 声を潜めてはいるのだろうが、結構耳に届いて困る。

 カーティスはちらとそちらに視線を向けると、にこりと微笑んで踵を返した。

 続いて聞こえる黄色い声に、カーティスはふうと息を吐いた。


「おい、見てたぞ。人気者め」

「クラウスか」


 視界の端に黒髪が見えて、振り返る。

 悪戯げに笑う見知った顔がそこにはあった。


「なんだよ、つまんないな。お前。もう少し驚いたらどうなんだ」

「僕にほいほい話しかけてくる人間なんて限られているからな」


 だからわかる、とカーティスは小さく溜息を吐く。

 クラウスは切れ長の目をさらに細めて、カーティスの背中をバシバシと叩いた。


「はー! 声だけで俺がわかるなんて、これは愛かなぁ。愛だなぁ」

「あーもう、着いて早々面倒だな。はいはい愛だよ、愛。……これ、アイリーン嬢にも伝えるからな」

「おおっと、それは勘弁して」


 叩く手を止め、大げさに両手を挙げるポーズをした。

 クラウスはアイリーンにとても弱いのだ。アイリーンが強いとも言うが。


「そんなことをされたらまたアイリーンに文句を言われるだろ」

「アイリーン嬢からの小言なら羨ましい限りだと思うけど」

「お前……思ってもないことを」

「一般論だよ」


 器量良し成績良し人柄良し、と三拍子揃った彼女は、学校でとても人気がある。

 ついでに家柄も良いことから貴族令息からのお誘いは絶えない。

 が、彼女はその誘いを受けたことはない。

 そこがまた男の欲を煽るのだが、彼女はいつも鮮やかに躱している。

 アイリーンはクラウスの婚約者なのだ。

 だが、そのことを学校内で知る者は少ない。

 卒業するまでは婚約者だということを公にしないとお互いに決めていて、それを両家も了承しているからだ。

 だからアイリーンは男性たちからの誘いが絶えないし、クラウスも別の女性とのデートを楽しんだりする。

 彼ら曰く、学校生活の間は自分たちの好きなように行動できる最後の期間なのだそうだ。

 カーティスには理解できないが、当事者が良いと言うのならいいのだろうと側で見守っている。

 婚約に不利になるようなことはしないという暗黙のルールがあるようで、お互いこっそり気遣い合っているのが少し羨ましい。


「……カーティスは今学校に戻ったんだろう?」


 クラウスの問いにカーティスは頷く。


「どうだった?」


 続く問いに、カーティスは眉を寄せた。

 クラウスが聞きたがるのはロイモンドとの会話だった。


「やっぱり知ってた」

「だよなあ! バレないわけないわな。あんなに堂々と名前出してたらすぐに知られるって。んで?」

「ああ、とくに罰などはなかった。あとは後継者についての話もできたから」


 さらりと言う。

 それにクラウスはよかったなぁと喜んだ。

 家に戻る前、カーティスが悩んでいたことをクラウスは知っていて、少し心配もしていたのだった。

 心からと分かる笑顔にカーティスも表情を緩めたが、次の台詞にすぐさま渋面となる。


「これで次期リーヴェル辺境伯を名乗れるじゃないか!」

「いや名乗らないけど。そもそも話をしただけで、承諾はされていないんだ」


 沈黙。

 クラウスの顔が徐々に険しくなる。


「………………は?」

「話はしてきたんだ。話は」

「…………え? それが? わざわざ遠い実家にまで帰って、してきたことがそれ? それだけ?」

「悪いか」


 てっきり跡継ぎに確定したと大手を振って戻ってきたのだとばかり思っていたクラウスは頭を抱えた。

 カーティスは渋面のままだ。


「いや、悪くはないけど、良くもないだろ、それ」

「言いたいことはわかる」

「……っ、わかるんならさ! もっとこう」

「ああ。言いたいことは、わかるんだ。僕自身ちょっと失敗したな?と思っている節もある」


 クラウスは我慢できずに盛大な溜息を吐いた。

 わざと大きくしたことに気づいたカーティスはクラウスを睨む。


「なんだろうな? もっと要領よかったはずだろうに。……なんでこんな奴に俺の人気が脅かされるんだ」

「何の話だ。それとこれとは話が違うだろ」

「いいや、お前がいなければ、俺が女性の視線を独占していたのに」

「お前のそういうところを直せばいいんじゃないかな」


 脱線しかけた会話に、明るい声が割り込んだ。


「はいはーい。美男子が揃っていると目立つわよ。そこまでにしておいたら」


 アイリーンだった。

 周りを見れば、言われたとおり人は増えているようにも見える。

 大声で話していたわけではないので会話の内容は聞かれていないだろうが、確かに目立ち過ぎるのも良くない。

 カーティスもクラウスも人目を引くほどに顔立ちが整っており、校内でそれなりに有名であることは自覚していた。


「そうだね。アイリーン嬢、ありがとう。助かったよ。君が止めてくれなかったら悪目立ちするところだった」

「いいえ。いいのよ。クラウスもこれくらい言えたらいいのだけど」


 クラウスの舌打ちにも怯む様子を見せず、アイリーンはカーティスを見て微笑んだ。


「おかえりなさい、カーティス様。……わたくしが止めておいて言うのはおかしいのだけれど、これだけは確認させてくださいな」


 アイリーンの形の良い唇の端が上がる。


「ご当主様はお変わりなく?」


 薄い紅が光り、色気が増したアイリーンに、カーティスは目を逸らし、「ああ」と呟く。

 完璧とも言える令嬢アイリーンの唯一残念な点がここだろう。

 アイリーンもフランツと同じくロイモンド信者の一人なのだった。

 自分の親世代への恋慕にクラウスすら思うところがあるらしく、この話題になると眉の間に皺ができる。


「まあまあまあ! では、わたくしもご実家のお話を詳しくお聞きしたいですし、場所を移しましょうか」


 有無を言わせない綺麗な笑顔に、カーティスはただ大きく頷くしかなかった。

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