第3話 ちょっと思うところが多くて

「荒れてるなぁ」

「……っうるさいな!」

「そう力任せに振っても自分の体力を削るだけだぞ」

「だから! うるさいと! 言ってる!」


 ロイモンドの執務室を出てからすぐフランツを探した。

 剣の相手を頼むためだ。

 幸い訓練場からフランツは移動していなかった。コリンナと話をしていたらしい。

 そのまま本日二度目の打ち合いを挑み、今に至る。

 フランツは先ほどよりもよっぽど涼しい顔でカーティスの剣を払ってくる。


「ロイモンド様のところへ行ってきたんだろう?」

「っそうだけど?!」

「お前はいつもロイモンド様のところから戻ると荒れるなあ」

「だからっ、わざわざっ、フランツ相手にっ、剣を振ってる!」


 ただのストレス発散である。

 正直なところ等身大藁人形でも問題はないのだが、口から出る鬱憤を受け止めてもらえる相手がいい。

 先ほどの打ち合いとは違い、剣が変な当たり方をしても隙だらけの体勢になっても気にしない。

 ただただ思いっきり身体を動かしていく。



 ロイモンドはずっと後継者について口をつぐんでいた。

 屋敷内でも領地内でも人々はカーティスを跡継ぎとして見てくるにも関わらずだ。

 カーティスを領主の仕事に一切関わらせようとはしなかった。

 かといってロイモンドとカーティスは不仲ではない。顔を合わせれば雑談するし、食事も共にし、はたまた共に出かけることもある。

 カーティスが何か学びたいと言えば、学ばせてくれ、必要があれば先生の手配をしてくれることもあった。

 ただ、カーティスを跡継ぎとして扱うことはなく、それは勉学に励むようになってからも変わらなかった。


「ほんと、僕のことを何だと……!」


 思っているのかと常々思っている。

 カーティスは来年十六になる。成人を迎えるのだ。

 しかし未だに領主の仕事は一切させてもらえていない。


「学校に行ってたって、できることは、あるだろうに!」


 領地にいなくても、机上でだって学べることはあるはずなのだ。

 カーティスの剣はどんどん大振りになっていく。

 フランツは淡々とその剣を受けていた。


「そりゃあ昔は、逃げ出して、ばかりだったが! ……っ、いつになったら、なにができれば、どうすれば!」


 怠け癖は直した。勉強もするし剣術だって学んでいる。

 五年前とは比べられないほど心身ともに成長しているはずだ。


 いつになったら、なにができれば、どうすれば。僕は、父上に認めてもらえるのか。

 それともずっとこのまま認められることはないのか。



 藍の瞳がじんわりと温かくなってきたのを自覚し、剣を思いっきり地面に突き刺した。

 打ち合いは終わりだ。

 剣の柄を掴んだまま俯き、乱れた呼吸を無理やり押し込める。

 十数秒後、大きく深呼吸して顔を上げた。


「落ち着いたか?」


 フランツのいつもと変わらない呆れた顔を見てようやく落ち着く。


「あー、うん。そうだね、落ち着いた」

「いつも思うが、お前は考えすぎだ。ロイモンド様はお前のことちゃんと考えてるし、ちゃんと愛されてる。羨ましいほどに」

「どうかな、嫌われてはない自覚はあるけど」


 カーティスは肩をすくめた。

 カーティスの抑えきれなくなった鬱憤はとりあえず心の中に留めて置けるほどに解消されていた。


「ほんとにね普段はどうってことはないんだけど、後継者の話になるとね。ちょっと思うところが多くて」


 カーティスは空を仰ぐ。

 雪が降りそうな白い空を見ても一つも心が晴れない。


「……お前、跡を継ぐつもりなのか?」

「ああ。先ほど父上にも言ってきたんだけど、そうしたいとは思っている。父上にはその気は無いみたいだけど」

「…………ふぅん」


 フランツは顎に手をやって首をかしげた。


 そこへコリンナがやってきた。


「カーティス様。夕食の準備が整いました。お湯の準備も進めております。長旅でお疲れでしょうし、本日は早めに休まれてはいかがですか」


 言われて、汗だくだということに気づく。

 雪は降っていないが外は寒く、たしかに早めに身体を温めたほうがよいだろう。

 無茶苦茶に剣を振り回して疲れも感じていた。


「そうだな。今日は早めに休むことにするよ。夕食は父上と?」

「あ、いいえ。本日はどうしても仕事が片付かないということで、ロイモンド様の分はお部屋へ運んでおります」

「そう。じゃあ僕の分も自室へ運んでくれる?」


 かしこまりました、とコリンナは言う。

 訓練用の剣を片付けるフランツに、先に戻ることを伝え、カーティスは屋敷に戻っていった。



 ◇◇◇



「……拗れてますねぇ。あいかわらず」

「聞いてたのか。嬢ちゃんも趣味が悪いな」


 コリンナとフランツは顔を見合わせて顔をしかめる。

 コリンナはカーティスの現状に、フランツはコリンナの対応に。


「そうでしょうか? 失礼ながら、フランツ様のほうがよっぽど悪趣味だと思いますけれど」


 すっと目を細めるコリンナに、フランツは苦笑した。コリンナは続ける。


「フランツ様は、ロイモンド様とカーティス様の両方のお話を伺っていると耳にしておりますが、一向に対処されようとなさいませんよね?」

「それは嬢ちゃんもだろうに」

「私は……一介のメイドでございますので、口に出す権利はございません。けれどフランツ様はどちらにも口を挟める立場でおられるかと」


 メイドでありながら、自分に向ける厳しい視線に、フランツは笑みを深くした。


「……もちろんカーティスのことは可愛いと思っているが、しょうがないんだ。私はありのままのロイモンド様を敬愛しているからなあ、口を挟みたくはない。それにカーティスには毎回言ってるぞ。お前はロイモンド様に愛されていると」


 何もしていないなんて心外だなぁ、とフランツは頭の後ろで腕を組んだ。笑みは一切崩さなかった。


「そうですが……いつもあまり強く主張なさいませんし。フランツ様は今の状態をあえて壊したくないように見受けられますので」


 負けじとコリンナもにこりと笑う。それにフランツは目を瞬いて、再び苦笑した。


「ああ、バレてるのか。二人が話さないことでロイモンド様が私を呼び出してくださることが多くてだな。それが嬉しくてこのままの状態が続けばいいと思っているのも事実だ」


 照れることもなく悪びれるわけでもなく飄々と言って、フランツは用は済んだとばかりに訓練場から出て歩き出した。コリンナも慌ててフランツを追った。

 フランツがコリンナの歩幅に合わせてくれているのだろう、並んで歩く。

 メイドを待つ必要などないのに、とコリンナはふっと表情を緩めた。


「……なんだかんだフランツ様はお優しいですよね……。先程も、カーティス様が探しに来るだろうと、訓練場で待っておられたのでしょう?」

「おお? コリンナ嬢ちゃんは鋭いな、当たりだ。まぁいつものことだからな。言ったろう?カーティスのことも可愛いんだ」

「ええ、それも存じ上げております」


 だからこそコリンナは悔しく思うのだ。フランツが二人の仲を取り持ってくれれば、と願わずにはいられない。

 当主とその息子の微妙な空気感は、この屋敷に仕える者の長年の悩みの種である。

 そう簡単に改善するとは思っていないが、フランツならもしかして、という思いがある。

 しかし先ほどの話を聞く限り、フランツが率先して動くことはないだろう。自他共に認めるロイモンド愛の持ち主だ。

 それに思うところはあるものの、コリンナが一番苛立ちを覚えるのはうまく立ち回れない自分自身にだった。


「別に仲が悪いわけでもないし……お互い腹を割って話せばいいだけだと思うんだがな。二人ともお互いに格好つけすぎるんだ、似た者同士というべきか」

「それは……私も同感です、が」


 何か自分にもできることがあるのではないかとコリンナは思うのだ。

 煮え切らない様子のコリンナに、フランツは眼に揶揄いの色を滲ませ、にやりと笑う。


「コリンナ嬢ちゃんもな、カーティスが大好きなのはわかるが、あんまりピリピリしていると周りにバレるから気をつけるんだぞ」


 とんでもない発言に一瞬で慌てたのはコリンナだ。


「な……! いえ、それはもう幼い頃からお世話させていただいておりますので、恐れ多いことですが、まるで弟のように可愛らしく思うことはありますね。フランツ様と同じで」


 揶揄いの眼差しを向けるフランツに、早口で言い切った。ついでに、ほほほと笑い声も追加しておく。

 冷たい風も感じなくなるほどの一言だった。

 が、晴れない顔をする自分を和ませようとしたのかと思い至って、コリンナは小さく息を吐いた。

 フランツのニヤニヤする顔がつらい。


 冷静さを欠いた自身の反応を苦々しく思いながら、誤魔化すようにこほんと咳払いをする。

 訓練場で立ち聞きしたときに思ったことがあった。


「……カーティス様、先程は後継者のことで取り乱されていたようでしたが、学校では大丈夫なのでしょうか」


 ロイモンドの息子であれば、必然的に後継者の話題になるだろう。

 腹の探り合いが常と言っていい貴族としては、心の内を悟られるのは致命的になり得る。まして名家の一人息子が短気とあっては外聞があまりよろしくない。

 カーティスに至っては、現当主のロイモンドが有能であるから、余計にだ。


 思いのほか早く立ち直ったコリンナに面白くなさそうにしてから、フランツは答える。


「ま、それは大丈夫だろう。あいつの場合、ああなるのは対ロイモンド様のときだけだからな。なんせ外ヅラはロイモンド様同様、抜群だ」


 そんなところまで似なくてもいいのになぁ、とぼやくフランツは、フランツなりに心配はしているのだろう。偏ったロイモンド愛もあるから率先しては行動はしていないが。

 学校のことは心配しなくていいと力強く言われ、コリンナはそれだけでも安心した。

 それを見て、フランツはふっと笑い、コリンナの頭をぽんと撫でた。


「おっと、ゆっくりと話をしている場合じゃなかったな。夕食、届けるんだろう?」


 フランツの言う通り、屋敷はすぐそこに近づいていた。

 カーティスの自室に夕食を届けるよう料理長に伝えなければならない。

 真正面にフランツを見据えて言う。


「……私が言える立場ではございませんが、フランツ様、どうかカーティス様のこと、お考えくださいませ」


 自分からは動かない、とはっきり言ったフランツへの頼みは、コリンナはこれで最後にするつもりだ。

 フランツは是も否も言わず、手を組んで伸びをする。

 しばしフランツとコリンナの視線は絡まったまま固まった。

 ややあってフランツの視線は屋敷のロイモンドの執務室へ移る。

 腰の剣がカチャリと鳴った。


「……今頃ロイモンド様はカーティスの決意表明に大喜びだと思うし、またお話を聞きに伺わないとな」


 何の変化もないフランツの嬉しそうな呟きに、程々になさいませ、とコリンナは隠しもせず溜息を吐いた。

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