5:日常の一つ。

第32話 ひなの本。

 ひなの話に私は焦っていたかもしれない。

 もちろん、そんなことは知っていたけど…、気持ちが素直になれない。土曜日にかけた電話もそうだった。素直に聞けばよかったのに、私は言いたくないって答える星くんに嫌なことを言ってしまった。自分もなぜそんなことを言ったのか分からない。


「はぁ…」


 ため息しか出ない。

 今日はまだ星くんと会ってないけど、もし教室で会ったらどんな顔をすればいいの…?なんで私がこうなっちゃったのかな…、昔と何が違うのかな…?ただ星くんと出会っただけで、私は知らない感情に惑わされていた。


 そんなことを考えながら生徒会室の机に伏せている白羽。


「ハーロー!白羽ちゃん!」

「あ、ひなちゃん。おはよう」

「何してたの…?こんな早い時間に」

「ちょっと考えることがあって…」


 すぐ白羽の悩みを見抜いたひながにっこりと笑う。


「へえ…、星くんのことが気になるの?そうなんだ…。白羽ちゃん、嫉妬してるんだ…」

「ひなちゃん…、何そのいやらしい言い方は…?」

「いつも冷たい顔をしている白羽ちゃんが知らない顔しているから…?」


 ソファに座るひなはカバンの中から取り出した本を私に見せつける。その表紙には男女二人がくっつけて、体を絡み合ういやらしい体勢が描いていた。タイトルは「恋愛のワンステップ」って書いているけど、なんで私にその本を見せるのかな…。


「フッフッフッ…。白羽ちゃん、私がいいことを教えてあげる!」

「何を…?」

「人間のことー!こっち来て!」

「……いや、私はいい」

「星くんが何を考えているのか、知りたくないの?」


 そう言われた後、いつの間にかひなのそばに座っている私がいた。


「素直だよねー」

「うるさいよ…。人間勉強だよ」

「はいはい!これを見て見て、この本には人間が恋愛する方法が書いてるの」

「うん…、この行為って?」


 ひなちゃんのそばで見ていた本に、私には理解できない絵と字が書いていた。それは男女二人が手を繋ぐこと。ただ手を繋いでいるだけなのに、なぜか本にはその行為自体が意味があることって書いていた。


 なんとなくひなちゃんにこの行為の意味を聞いてみた。


「男女二人が手を繋ぐこと?」

「うん。手を繋ぐだけで、どうして特別な行為になる…?」

「へえ…、そうか。白羽ちゃんは知らないのか…。それより、星くんと手を繋いだこともない?」


 手…を繋ぐ。

 今まで星くんと手を繋いだことがあったのかな…?思い返せば、血を吸う時以外にはなかったと思う。血を吸う時は体をくっつけて、星くんが動けないように固定させる必要があったから…、さりげなく手を繋いだりしたことはその時に限っていた。


「ない…かも…」

「そうなんだ…。でも星くんのおかげで白羽ちゃんが明るくなったから、それはいいと思っている」

「……」

「これは好きと言う感情がいないと、何も感じられない。だから星くんと手を繋いで見たらどー?」

「えっ…?」

「白羽ちゃんはそれでしょう?星くんのことが好きでしょう?」

「知らないよ…」


 好き…?私が星くんに抱いたこの気持ちが人間の「好き」と言う感情なの…?

 そしてひなちゃんが次のページを捲った時、男子に抱きしめられている女子が描いていた。ロマンチックな一時って書いているこの行為も私は血を吸う時にやってた。ベッドの上で、星くんが私の体を抱きしめてくれたことを覚えている。


「……ロマンチックな行為。私もこんなことやって見たいなー」


 抱きしめる…こと。


「白羽ちゃん…?」

「……」


 星くんが私のことを抱きしめてくれたと思ったら、急に顔が熱くなる。変だよ…。


「白羽ちゃんー!」

「あっ!びっくりした…」

「先からずっと呼んだのに…、ぼーっとしてたの?何を…」


 頬を染めている白羽に気づいたひながにやついた顔をしている。少しだけ、人間のことを知らない白羽をからかいたくなったひなが、抱きしめる男のキャラを指してこう話した。


「白羽ちゃん、男がどうして女の子を抱きしめるのが好きなのか教えてあげようか!」

「えっ…?どうして?」


 すると、耳元で囁くひなちゃんはこう言ってくれた。


「抱きしめた時の感触が気持ちいいから…だよ?」

「……っ」

「へへ…」

「それってただの脂肪じゃないの…?気持ちいい…?」

「……」


 逆にびっくりするひな。


「えっ?」

「胸を揉まれても平気なの?」

「え…それじゃなくて、それはただの肉でしょう…?」

「……」


 ウジウジしてる白羽の胸を見てから、自分の胸を見てしまったひなが急に落ち込んでしまう。


「圧倒的な戦闘力差…」


 と、一人で呟いた。


「どうした?ひなちゃん?」

「なんで…、同じ吸血鬼なのに…。白羽ちゃんだけがそんなに大きいの!ずるい!」


 訳わからないことを言い出したひなちゃんが私の胸を激しく触っていた。


「えっ…?」

「私もそれが欲しいの!」

「ちょ、ちょっとひなちゃん。もう触っちゃダメ…っ!」

「ずるい…!」


 何かを教えてあげようとしたひなの目的はいつの間にかなくなってしまった。

 一方、ひなが白羽の胸を揉んでいる時に生徒会室の扉を開けようとした篠原が、生徒会室の中から聞こえる二人の会話に取っ手を掴んだまま顔を赤めていた。


「せ、せ…生徒会室の中で、素晴らしいことが起きている…」

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