第30話 形のない心。−2

「あーん、先輩」

「うん?」


 ファミレスでお昼を食べてる時、前に座っている一瀬が俺にパスタを食べさせる。それと「あーん」って子供じゃあるまいし…、恥ずかしくて目の前のフォークから目を逸らした。でも微笑む顔でこっちを見つめる一瀬は、俺に食べさせるのを諦めなかった。


「早く…食べて!」

「……」

「これも約束の一つですぅー」

「……うん。あ…あーん」


 年下の女の子に「あーん」か…。

 それを思い出すと、急に恥ずかしくなって俯いたままパスタを食べていた。


「美味しいでしょう?先輩」

「まぁ…、そうかも」

「先輩って普段は冷たい人なのに、けっこう可愛いですね?」

「はっ…?」

「先輩はかっこいいですよ。どうして女子のことを避けてるのか分からないほど、いい人なのに」

「うん…、俺は別にいい人でもないし…。今の学校生活に満足しているからこれでいいと思う」

「へえ…、でも好きな人とかないんですか?」

「ない」

「じゃあ、気になる人は?」

「それとこれと同じじゃない?」

「違いますー」


 好きな人と気になる人か…、一瀬にそんなことを言われるなんて思わなかった。先まで子供みたいな顔をしていたけど、俺にその質問を聞く時は真剣になる。一瀬は俺に何が欲しいんだ…?こんな時間に意味なんかないはずなのに、二人の会話も面白くないし…、個人的に最悪だと思っていた。


「ないですか?」

「気になる人…」

「うん…?」

「ない…かも…」


 そして黙々とサラダを食べていた。


 大手企業の孫娘、欲しいものならなんでも手に入れることができるはずなのに…。レベルが違う世界で住んでいる一瀬は、庶民と一緒に適当なものを食べたり、適当に時間を過ごしたりして楽しいのかな…。


 食事の後、デザートが出るのを確認した一瀬が席を移って俺のそばにくる。


「なんでこっち…?」

「デザートですよー!」

「それは前で食べてもいいだろう…?」

「あーんしてもらいたい!先輩!」

「い、嫌だ。恥ずかしいことさせるな…」

「でも先はあーんしたんでしょう?私にも食べさせて欲しいのですー」


 目を閉じて口を開ける一瀬、俺はショートケーキを切ってから彼女に食べさせる。一瀬にケーキを食べさせた時、なんとも言えない気分がした。桐藤さん以外の女子にこんなことをするなんて…。あ、そう言えばひなにも血をあげたことがあったよな。


 ちょ、ちょっと待ってひなに血をあげた時…、俺桐藤さんと何か話してたんじゃなかったのか…?ぼんやりと覚えていること、確かにそれは「血」に限られていることだったから一瀬とは関係ないよな…?いけない、桐藤さんのことを思い出したら余計に怖くなってしまう。あれ…?でも俺桐藤さんに今日デートするって言ったっけ…?


「……美味しい」

「……」

「先輩?どうしました?」

「な、なんでもない」

「もう一回!あーん!」

「自分で食べたら?」

「いやですー」

「全く、子供かよ…」


 そして今の状況を向こうの喫茶店で見つめている白羽とひな。

 そこで茶飲みを持っているひなは落ち着かなかった。昨日、二人の話を聞いて白羽に話した結果、今こうやって二人を監視するようになってしまったのだ。冷え汗をかいているひなは向こうに座っている白羽と、この重い空気にぷるぷる震えていた。


「白羽ちゃん…、力入れすぎ…ちゃ、茶飲み壊れるよ…」

「……」

「L○NEも無視して、他の人とそんなに楽しい顔をして…」

「えっ…、でも人間ってあれが普通だもん…」

「……普通?」

「うん、白羽ちゃんは今まで一人だったからよく分からないと思うけどね。人間はあの二人のように男子が女子とデートするのが普通…。全然おかしいことじゃないよ?」

「でも…、星くんは私のものって言ったよ…」

「それは血をあげる関係だけじゃないの?白羽ちゃんのものに手を出した私が言うことじゃないけど、星くんも人間との恋愛がしたいんじゃないかな…?私たちは人の姿をしている吸血鬼だから…」

「……」


 その顔を見つめて、何かに気づいたひなが白羽に問う。


「もしかして、白羽ちゃん星くんのことが好きなの…?」

「……分からない。私、何がしたいのかよく分からないよ…」

「……白羽ちゃん」


 白羽のそんな顔を見るのはひなにとって初めてだった。いつも人間に対して「興味ない」と冷たい言葉を言い放つ白羽が人間に執着している。星は白羽にとって特別な人間だったのかは分からない、でも星を見ている白羽の目がいつもとは違った。


「私…もういい。帰るから…」

「えっ…?あ、うん!行こう」


 喫茶店を出る白羽は星の方をちらっと見た後、ひなと車に乗る。


「てか、一瀬…は甘いものが好きなんだ…」

「うん!美味しいから!」

「そうかぁ…。もう俺から離れてくれないか…?きついけど…」


 お昼を食べてから俺は一瀬と一緒に街を歩いていた。

 ここから遠くないところに一瀬の家がいて、彼女は今一人暮らしをしているって言われた。今日のデートは一瀬を家まで送ってあげることで終わり、俺も家に帰って休みたい。もう疲れた…。


「先輩」

「うん…?」

「送ってくれてありがとうございます」

「まぁ…、それくらいはできるから」

「えっと、最後の頼みがありますけど…」

「何…?」


 それから何も言わず、俺に抱きつく一瀬だった。


「今日は本当にありがとうございます…」

「……一瀬、何を」

「私、本当に先輩のことが好きだから…」


 そう言ってから家に入る一瀬、そして俺のデートが終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る