第29話 形のない心。
土曜日の午前9時21分、俺は30分早く待ち合せの場所に着いていた。
一瀬から届いたL○NEには今日一日中、自分に合わせるだけでいいって言われた。そもそもデートなんか、やったこともない俺には女子に合わせること自体ができないと思うけど…。女の子の好みはなんなのか、やりたいことや好きなことも知らないし。そんなことを考えながら隣のベンチに座って一瀬を待つだけだった。
「せんーぱい!」
噴水の向こうから走ってくる一瀬はすごくおしゃれをしていた。見た目だけで分かるほど、本当のデートみたいに可愛い姿をしている。適当に終わらせて家に帰るつもりだったけどな…。一瀬の目がすごくキラキラして、待ち焦がれたような気がした。
「先輩!行きましょう!」
「でもさ、一瀬はどうして俺とデートなんかしたいんだ?聞いていい?」
「え…、先輩のことが好きだから?」
「冗談はやめろ…」
「本気なんですけどー?」
「はいはい。まずは映画だよな?」
「はい!一緒に見たい映画があるのでー!」
そのまま映画館に入る二人。
そしてポケットの中に入れておいた星のスマホに白羽からのL○NEが届いていた。
白羽「星くんどこ?」
マナーモードにして通知音が聞こえなかった星は奏とロマンス映画を見に行く。
「先輩ってロマンス映画好きですか?」
「うん…、好きって言うより俺はあんまり見ないからな…。映画」
「あ、もしかして女の子と映画見たことないですか?」
「うん」
「本当に?じゃあ、私が初めてってことですか!」
「うん、そうかも」
「冷たい…、もうちょっと優しく話してくださいよ…」
こんなこと初めてだから、それより優しく言うってなんだろう…。
映画が始まる前、俺たちは席に着いてスクリンに映し出された広告を見ていた。すると、そばから頬を膨らませる一瀬が俺を見つめて不満を言う。確かに、俺の言動が冷たいかもしれないけど、一瀬には一度しかないことだからなるべく優しい言い方で…言った方が…。
って難しいな…、そもそも優しい言い方ってなんだよ…。
「分かった。じゃあ、今日はよろしくね。一瀬」
「うん!」
「ロマンス映画って見るのも初めてだから…」
「これですね!今うちのクラスですごく流行ってるんです!でもほとんど彼氏と一緒に見るから…」
「へえ…、そうなんだ。一瀬ってなんで付き合わない?けっこうモテると思うのに」
「先輩のことが好きだから…」
「だから冗談はやめろって」
「……」
そして映画が始まる音に、何かを言っている一瀬の声がよく聞こえなかった。
館内に流れている背景音楽とともに周りのカップルたちがイチャイチャしている。すると、そばに座ってる一瀬が緊張した表情をして、俺の腕を掴んでいた。ホラー映画でもないのに、すごく緊張している…。
「……せ…っ」
それからじっとして見た映画は、甘くて少し悲しい内容だった。なぜカップルでこれを見てるのか分かる気がする。俳優さんの感情も心に刺さるし、男女の叶えない恋をよく演じるのが凄かった。こんな映画も悪くはないな…。新鮮で面白い。
「叶えない恋か…」
一人で呟いている星をそばから見ていた奏、正直映画なんかどうでもいいと思っていた。彼女はただ星とこうやって二人っきりになりたかっただけ、映画を見ている星の横顔にこっそり顔を赤めていた。左腕を掴んでその肩に頭を乗せる奏は星に寄りかかって微笑む、彼女が欲しかったのは二人っきりのこの時間だった。
「……」
映画が終わる頃、涙を流している一瀬にびっくりしてハンカチを渡した。
「泣くなー」
「先輩、結局叶えなかった…。可哀想だよ…」
「そうだよな。たまにこんな結末もあるんだろう」
「でも、私ね。絶対二人が幸せになると思ってたの…」
「はいはい…、もう泣かないで」
「うん…」
意外とこんなことに弱いんだ。
「先輩…」
「うん?」
「私、お腹空いた…。お昼が食べたい」
「……」
……バカみたいだ。俺は何を思い出してるんだ…?
いけない。お腹空いたを聞いただけで、桐藤さんを思い出すんじゃねぇよ…。しっかり、しっかりしろ井上星。桐藤さんとはただの友達、それ以上も以下もない。普通の関係だから変なことを思い出してはいけない。ダメなんだよ…、そんなことは。
庶民のくせに生意気なことを考えていた。
「先輩…?どうしました?」
「えっ?いや、なんでもない」
「ここから歩いて10分くらいかかりますけど、ファミレス行きませんか?」
「うん、いいよ」
「やったー!」
「何がそんなに嬉しいんだ…。子供みたい」
ファミレスまで歩いて行く時、やはり一瀬の美貌は人々の目を引いていた。こそこそ言ってるのが聞こえるほど、一瀬から目を逸らさない周りの男たち。そばにいるのがもっとかっこよくていい人だったらいいなーと思ってる時、こっちを見つめる一瀬が声をかけた。
「うるさいですよね?周りの人たち」
「……そうかも」
「先輩、腕を組んでもいいですか…?」
「えっ…?嫌だ。近いし、女子とのスキンシップは無理だから…」
「え…?先輩の意見は聞いてませんー。こんな時は適当にはーいって答えればいいのですぅー」
「はいはい。行こう」
正直、今まで起きたことが全部慣れてないことだったからなんとも言えなかった。
そばにいるのが1年生の中で一番可愛い女の子だとしても、知らない誰かに羨ましい目で睨まれても、今こうやって腕を組んでいてもだ。俺にはよく分からなかった。他人の目で見たら幸せに見られるはずの今が、俺にはただの一時だった。
心は虚しいまま。
ただ一瀬とファミレスまで歩くだけ、心の底から欲しがっている何かを俺はまだ知らなかった。
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