第28話 うっかりしてたこと。

 まさか、桐藤さんが俺のためにお弁当を作るなんて知らなかった。

 そしてお弁当をもらう時、ちらっと見た桐藤さんの指にはあちこち絆創膏が貼られていた。確かに、吸血鬼が人間の料理をするのは難しいんだろう。それでも俺のために作ってくれたと思ったら、桐藤さんの気持ちに心が動揺してしまうんだ。


 米がカサカサしておかずの味も少ししょっぱいけど、今まで女子の手作り料理を食べたことがなかったから俺にとって世界一美味しいお弁当だった。人間の味がよく分からなくて、心配をしている桐藤さんに俺は美味いと答えてあげた。


 友達にここまでやってくれるなんて、桐藤さんは本当に天使だ。同じクラスで、たまたま生徒会に入って、それくらいの縁なのに。俺は桐藤さんにすごく気遣われているような気がした。ただのクラスメイト、友達…なのに。


「……友達」


 1階の廊下を歩く時、ふとの意味を思い出してしまう。

 ただ、それだけ…?


「……」

「あれー?先輩だ」

「……ん?」


 職員室に向かっている俺を呼び止めた一瀬が肩を掴む。

 急に入ってくるから、むしろこっちがびっくりしてしまった。俺に発信器でも付けたのか、どうして毎回俺の居場所が分かるんだ…?この前、ゴミを捨てる時もどっかで現れたし、生徒会の仕事でひなのクラスに行く時もそうだった。


 只者ではない気がする。


「先輩…?」


 首を傾げて俺と目を合わせる一瀬が肩を叩く。


!無視しないでよ!」

「あ、ごめん。ちょっとうっかりしてたことを考えてた」

「考えたのは私との約束でしょう?」

「約束?」

「あ!まさか、忘れたとか言わないんですよね…?」

「……覚えてるけど」


 篠原を探していた時の話だろう。


「今週、デートしよう!」

「……デ、デート?それは無理」

「え?なんで?約束してたじゃん!」

「……」


 まいったな。一日中、一瀬に付き合う約束はしたけど…、まさかデートになるとは思わなかった。あ、でもそれとこれと同じか…?どっちにしても二人っきりで何かをするのは同じだったから…。約束は約束だし、拒否することはできなかった。


「分かった。それで俺と何がしたい?」

「普通にデートがしたい!それだけ!」

「それだけ…か」


 よく分からない、俺の目に見える一瀬は本当に可愛い女の子だった。ありふれた女の子じゃなくて、おしゃれですごくモテそうな人だったから…。なんで俺みたいな凡人にデートなんかを誘うのか、俺の頭では本当に理解できないことだった。


「それと、あっちでジロジロ見ている男子は一瀬のことを待ってるんじゃないか?」

「えっ?」


 指で指したところには、教室の扉に隠れてこっちを覗いている二人の男子がいた。あの名札なら多分1年生だと思うけど、俺じゃなくて一瀬に用がありそうな顔をしていた。モテる女の子ってこんな感じか、後ろで男と女が付き纏ったりする展開は漫画やアニメでしか見たことないけどな…。


「あの人たちは嫌です…」

「どうして…?」

「なんか、しつこいから…」


 自己紹介…?一瀬も同じじゃん…。


!先輩!」


 急に声を上げる一瀬にびっくりして、その口を塞ぐ。


「声が大きい…、そして俺たちそう言う関係じゃないから変なこと言うな」


 すると、俺の手首を掴んで、目を合わせた一瀬がムカついた表情をしている。どうしてそんな目で俺を見てるんだ…、俺は変なことしてないぞ。周りの教室に人がいなかったからほっとするけど、面倒なことに巻き込まれるのは遠慮しておく。


「あの人たちに警告したわけですぅー」

「そうか…、うん。じゃあ…、土曜日に…え…、うん。会おう!」

「テキトーですねー。ちゃんと連絡先教えてくださいよ!」

「……分かった」


 一方、この二人を後ろからこっそり覗いている人がいた。

 その名は篠原湊、先から二人を意識して廊下を通らなかった湊は壁に隠れて二人の会話を聞いていたのだ。壁の後ろでぼーっとしていた湊は、偶然星と奏が今週の土曜日にデートをする情報を聞いてしまった。


「何…デート?星先輩はこっちの人じゃなかったんですか…?」


 かなりショックを受けた湊が壁に寄りかかっている時、2階から職員室に向かうひながぼーっとしてる湊に気づいて声をかけた。


「あら!篠原くん!」

「シーッ!」


 それにびっくりした湊がひなを静かにさせる。


「どうしたの…?」

「今、星先輩が一瀬と話してます…」

「あ!あの一年生の中でモテる女の子だよね…?じゃなくて、えっ?二人で話してるってなんの状況?」

「シーッ!声が高いっすよ」


 こっそり星と奏の方を覗く二人、ひなが一瀬の方を睨んでいた。


「でも、花守先輩」

「うん」

「一応、私たち生徒会なんですけど…。こんなことしてもいいですか?」

「今はそれより、こっちが大事なの」

「は、はい…」


 なんとなく一瀬に俺の連絡先を教えてあげたけど、なぜか背筋が寒くなる。でも、俺が一瀬に連絡先を教えてあげたのはいい選択だったのか、後で面倒なことが起こりそうな予感がする。気のせいだったらいいけどな…。


「うん!これで!じゃあ、先輩!今週の土曜日に会いましょう!後でL○NEしますから!」

「あ、うん」

「ちなみに、私今彼氏いないんですよー!えへっ」

「あ、うん…。だろうな…」


 嵐のような一時だった。

 つーか、職員室に行くところだったよな…俺は。

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