第27話 気になる白羽。−2

 カーテンを閉めて薄暗い部屋の中から、目覚まし時計が鳴いていた。

 結局、2時間くらいしか寝てなかった私は寝ぼける顔をして朝を迎える。朝起きてからすぐやるべきことは冷蔵庫の中から新鮮な血液パックを取り出して、眠気を払うことだった。


 こうやって午前中のエネルギーを摂取する。


「体に染みる…」


 特に朝ご飯は不要。これだけで私は動けるから、後で血が足りなくなったら星くんの首筋を噛めばいい。制服を着てから赤いリボンでポニーテールを作った。そして今日も日差しが強いから引き出しの中で黒いパンストを取り出す。生足では日差しに焼けてしまうから、なるべく黒いパンストを履くように注意していた。


 ベッドでパンストを履いた後、作っておいたお弁当を持って家を出る。


「白羽ちゃんー、待ってたよー」


 車に乗って私を迎えに来たひなちゃんと一緒に学院に行く。

 教室の前でひなと別れた後、朝から勉強熱心な星くんに声をかけた。


「おはよう。星くん」

「あ、桐藤さん。おはよう」

「あのね。今日も一緒にお昼食べない?」

「うん。いいよ。一緒に食べよう」

「うん」


 ざわめくクラスメイトたちに私たちは気にしていなかった。ただお互いの顔を見つめながら笑みを浮かべるだけ。でも変だよ…。朝の分はちゃんと飲んだはずなのにその顔を見ると…、今すぐ星くんを襲って首筋を噛みたくなるよ。


 じっとして星くんを見つめていたことを自覚した時、慌てて机の下に隠れてしまった。あれ、私なんで星くんのことを避けてる…?これは全部お姉さんが変なことを言ったからだよ…。普段通り話をかけたいのに、何をウジウジしてるのよ…。


「どうした?桐藤さん、体の具合が悪い?」

「……うん?いや。な、なんでもない」


 それからお昼の時間までソワソワする私は、ちらっと星くんのところを見たりカバンの紐をいじったりして長い授業時間を我慢していた。それでも早く星くんに美味しいと言われたかったから、昼休みが来るのを待ち焦がれていた。


「桐藤さん、行こう」

「うん」


 生徒会室のソファに座って私は自分が作ったお弁当を星くんに渡した。


「これ…、私が作ったお弁当よ」

「え?桐藤さんが…?」

「いつも、あの…血を吸ってるから…そのお礼に」

「う、嬉しい!えー、本当嬉しい。ありがとう、桐藤さん」

「……味には自信がないけど」


 星くんが笑ってくれた。お弁当をもらって嬉しいのかな…、私に見せてくれるその顔がとてもかっこよかった。なんか、星くんのことを見つめていたら心が浮き立つような気がする。いつも冷静だった私が人間を相手に動揺しているなんて、お姉さんが言ったのは本当だったのかな…?


 目の前でお弁当を食べている星くんに心が落ち着かない…。


「ど、どう?美味しい…?」

「うん!すごい、桐藤さんは人間の料理も上手なんだ!」

「ほ、本当?」


 その話を聞いて安心した。

 すぐ星くんのそばに座って、一口食べさせてもらった。今、この味を覚えて次も美味しいお弁当を作りたいと思っていた。そばから見られる星くんの横顔に、本能が首筋を噛みたくなるように煽り立てる。まだ星くんがお弁当を食べてる途中なのに…、それでも私は自分の分からない衝動に耐えられなかった。


 体を寄せて、少しずつ星くんの首筋に近づける。

 それは空腹じゃなかったと思う、知らない何かが湧いてきた…。


 白羽の唇が首筋に触れる前、ちょうど白羽に話をかけようとした星の唇が白羽のおでこに「チュー」してしまう。あっという間に起こってしまったこの状況、二人とも慌てて目を合わせていた。両手をソファに置いて、首筋を噛もうとした白羽の顔が真っ赤になる。すると、びっくりした星が片手で自分の口を塞ぐ。動揺する気持ちと真っ赤になった顔を隠せず、自分を見つめている白羽を見ていた。


「えっ、ごめん。これは事故だ。あ、あ、あの話をかけようとしただけで…」

「……何、今の…?」


 なんか気持ちよかった。ずっと探していた何かを、空っぽの心を埋め尽くしてくれるような…、そんな気分がした。意味もない時間を過ごしていた私に、星くんと言う存在はただの人間ではなかった。私の心を動揺させる力を持っている人…。


 確信はなかったけど、なんとなくそう思ってしまったのだ。


「うう…」


 もっとやってほしい…とは言えなかった。

 あ…もう、我慢できない。


「桐藤さん…?」

「じっとして…」


 ひなちゃんと篠原くんが戻ってくるかもしれないのに、いつもより私の心臓が激しく鼓動する。生徒会室の中で響いてる星くんの喘ぎ声が、私の体を掴んで我慢しているその姿も、私はただ星くんを食べたいわけではなく…。もしかして…。


「痛い…?」

「少しは慣れているから…」

「美味しい…、星くんは美味しい」

「桐藤さんのお弁当もすごく美味かったよー」

「本当に…?」

「うん…。てか、桐藤さん…近くて恥ずかしいけど…?」

「なんか、今の星くんを見たらね。もっと吸いたくなっちゃうの」

「勘弁して桐藤さん、後もあるから」

「うん!」


 もしかして、私は星くんに好きと言う感情を感じていたの…?


「ねぇ…、星くん」

「うん?どうした?」

「な、なんでもない…」


 やはり、そんなことを聞くのは吸血鬼らしくない。

 気持ちがもやもやしているけど、なんとも言えない私だった。

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