第26話 気になる白羽。

 そんな味は知らなかった。

 私は吸血鬼だったから、今まで人間の食べ物には全く興味がなかった。でも、吸血鬼の私が人間の食べ物を作るなんて、その作り方を調べてみてもやはり分からないことばっかりだった。あの時、星くんがすごく美味しそうな顔をして食べていたから、いつも血を吸わせてくれる星くんに何かをしてあげたかった。


 ネットで調べてみたら、人間と言う生き物は米と野菜と肉が要るらしい…。そして卵とウィンナーはどんなお弁当にも入ってる定番おかずだった。星くんにはこの味が甘いって言われたけど、そもそも甘いってどんな味なのか私は知らないし…。ただ星くんに食べさせてもらっただけが嬉しくて、なんとなく頷いてしまったのだ。


「……これは、そばで見た星くんのお弁当と同じ感じ…」


 それから料理の動画を見て、近所のマートで人間が食べられる食材を買ってきた。


「……よく分からないけど、やってみよう」


 台所の前に立って包丁を握る時、後ろからますます近づいてくる誰かの手が白羽の胸を優しく揉み始めた。


「はぁ…っ」

「シーローちゃん!相変わらずすごいおっぱいだよねー?声がエローい!」

「ひっー!お、お姉さん…」

「可愛い妹は台所で何をしているのかなー?」


 台所に置いている人間の食材に、「桐藤ナギサ」が首をひねた。後ろから体をくっつけていたナギサが人差し指で白羽の敏感なところをくすぐる。すると、抗えない白羽が台所に腕を乗せて、いたずらをするナギサに恥ずかしい声を聞かせていた。


「どうして、人間の食材なんかを買ってきたのー?白ちゃん」

「お姉さんのそんなところが嫌だよ…」

「へえ…、可愛い妹がいて私は!」

「もう、やめて…」

「もっと聞かせてよー、私、最近欲求不満なのー」


 服の乱れを直した後、隣に置いているおたまでお姉さんの頭を叩く。


「いい加減にしなさい」

「は…い」

「でも、人間の料理をするなんて…。白ちゃん、もしかして好きな人でもできちゃったの?」

「えっ?分からない…」

「だって、この前にもある男と電話をしてたじゃん。すごく嬉しそうな顔をして」

「そんなことない…」


 お姉さんが言った好きな人…

 私にはよく分からなかった。好きって言う感情は吸血鬼にない、私たちは人や獣の血を吸って生き延びる種族だから、今までと言う感情を感じたことは一度もなかった。でも、どうして私はこんなことをしてるのかな…?


 じっとして頬を染める白羽、それを見ていたナギサがにっこりと笑う。

 食材の隣に置いている料理本も、今の白羽がやっている行動の意味も、ナギサはすでに知っていた。自分の妹が人間に恋をしていることを、だけど今の白羽に自分の気持ちを理解するのはまだ早いと思うナギサだった。


 恋する乙女の顔をしていた白羽に、ナギサが微笑む。


「ねぇ…、どんな子なの?名前、名前はなんって言うの?」

「お姉さん、しつこい…」

「教えてくれたら、大人しく部屋に戻るからー!」

「教えてあげない!」

「へえ…、ずるいー。じゃあ、また揉んでいいの?」

「ひっ…、それもダメ…」

「じゃー、教えてよー」

「分かった。分かったから…、星。井上星よ」

「フンー。そっか星くんが好きなんだー」


 白羽の頭を撫でるナギサがにやついた顔をして部屋に戻る。


「頑張ってねー、白ちゃん」

「うん…」


 人間の料理は難しい、調味料を入れるのも野菜を切るのも全部ややこしくてよく分からない。なのに、私が作ったお弁当を食べて星くんが美味しいって言ってほしかった。また一緒にお昼を食べたい、その横顔を見つめながら星くんと二人っきりの時間を過ごしたい…。そしてこんな血液パックより、星くんのことが食べたい。


 こんな私が星くんに抱いたこの感情は一体なんなの…?


「痛っ…!」


 ぼーっとして星くんのことを考える時、つい包丁で自分の指を切っちゃったのだ。

 傷はすぐ治るけど、せっかく作った料理に血が入ってしまったら台無しになる。仕方がなかった私は吸血鬼なのに、人間が使う絆創膏を貼って料理を続けていた。明日の星くんが喜んでくれたらこんな傷など…、どうでもいいよ。


「……できた!なんか、ちょっと変だと思うけど…これでいいのかな」

「どれどれ?」


 後ろから聞こえるお姉さんの声にびくっとして蓋を閉める。


「えー!なんで閉めるの?」

「お姉さんにはあげない…」

「ケチ…」

「だって、味に自信がないから…。人間の料理なんて作ったことないし、だからお姉さんにはあげない…」

「まぁ…いいっか。どうせ私たちが食べてもその味は分からないからね」

「……」


 それはそう。私たちは食べられるけど、その味がよく分からない。

 何度も、何度も味見してみても、やはり私には人間の味が分からなかった。


「星くんに美味しいって言われたいんだよね?白ちゃんは」

「知らない…」

「大丈夫だよー、私の妹は可愛いから…」

「そんな話をしてもお姉さんが変態なのは変わらないよ。この変態…」

「へへ…」


 これで本当にいいのかな…。

 そんな不安を抱いてしまう深夜の4時、夜明けの夜空を眺めていた私は星くんのことを思いながら静かに目を閉じる。


「……星くんのことを意識しすぎて、逆に眠れないよ」

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