第22話 篠原。

 一瀬の話通りなら、多分中等部と高等部が共有している真ん中の建物にいるはず。その建物の屋上に篠原が引きこもっているらしい。二、三回くらいだけど、そこで篠原と話したことがあったから、一瀬が確信を持って話していた。


「ここか…」


 中等部の頃に来たことがあった場所…。

 ここは人けが少ないから、一人で何をしても目立たない場所だった。なんか久しぶりだ…。でも本当に篠原がここにいるのか…?息を切らして屋上の着いた時の日差しはとても強かった。これなら桐藤さんとひなには無理だったかもしれない。


 そして屋上の物陰からある男の声が聞こえてきた。


「あ、本当。くそゲー」

「篠原湊?」

「えっ…?誰?」


 声をかけただけでびっくりする篠原が俺を警戒していた。何もしていないのに、どうして怖がる顔をしてるんだ…?これは女子恐怖症じゃなくて、人自体が苦手だと思うけど…。それより連れて行かないと桐藤さんが困るから、篠原と話をしてみた。


「誰ですか?」

「生徒会副会長、井上星だよ」

「生徒会副会長…?ウッソ、うちの生徒会には会長と書記しかいない!」

「副会長二日目だぞー」

「えっ?会長が直接任命した人…?」

「そうだ。俺は2年A組の井上星、よろしく」

「しかも、先輩でした…?す、すみません」

「いいよ。それより、ここで何をしてる?」

「暇潰し…」

「そうか、俺も中等部の頃にはここで暇潰しをしたからさ。なんとなく分かる」

「先輩も?でもどうして僕の居場所を…」

「うん。篠原の教室に行ったけど、そこにいなかったからなー。ある一年生が教えてくれた」

「……」


 持っていたゲーム機を下ろして膝を抱える篠原が小さい声で答える。


「そうですか…」


 その声を聞いて、俺は篠原のことをなんとなく分かる気がした。人自体は悪くないけど、トラウマのせいか…、篠原の言い方は他人と距離を置くように聞こえていた。自分以外の人と距離を置いて、その境界線に線を引く。昔の俺と同じだった。


「……」


 たとえ、どんなトラウマを抱えているんだとしても、いつかはそれと向かい合うべきだ。だから、そのそばに座って篠原の話を聞こうとした。彼にあったことを聞いて、俺ができることがあったら篠原のことを手伝うつもりだった。


 でも、単刀直入で聞くのは無理だったから先に仲良くする方を選んだ。


「篠原」

「はい」

「ゲームは好きか…?」

「はい」

「俺さ、周りにFFって言うゲームをやってる人がいて。けっこう好きなんだけど、篠原はどんなゲームをやってる?」

「……」

「アイドル…系」

「あ、もしかしてアイドルを育成するゲームか!それ知ってるー」

「えっ?先輩も?」

「中等部の頃は一人ぼっちで勉強以外にはゲームしかなかったから…、後で仲良くなった友達にいろいろ教えてもらっただけ」

「こ、これ!新しく出たコスチュームなんですけど!昨日引いたんです」


 さりげなくゲーム機の画面を見せる篠原の顔が笑っていた。


「お、すごいじゃないか?俺は0.002%の確率に挑戦して負けちゃった」

「先輩はどっちのファンですか?」

「ななみん?」

「おおおおー!さすが先輩!」

「ゲーム好きだよな?篠原」

「は、はい!あ、すみません。僕ゲームの話なら調子に乗ってしまって」

「大丈夫、その気持ちは分かるから」

「先輩…」


 桐藤さんに血を吸われてから走りすぎたのか…、屋上で話をしてるだけで目眩がする。物陰にいても暑苦しいこの空気に頭が痛くなるんだ…。壁に寄りかかって篠原の方を見ていたら、一人で盛り上がっている篠原がゲームのことを話していた。


「……それで、やはりこっちのキャラが…、せ、先輩?」

「あ、ごめん…。ちょっと目眩がして…」

「体に具合が悪いんですか?」

「いや、大丈夫。今日はあの、篠原を生徒会に連れて行くために来たから…」

「あっ…、生徒会ですか」

「いやだろう?女子が多くて」

「……」


 今日はこれくらいでいいかな…。

 体が持たなくて目眩に囚われている時、桐藤さんから電話がきた。


「ごめん…、会長かも」

「はい」


 スマホの向こうから桐藤さんの声が聞こえる。


「星くん、篠原くんは見つけたの?」

「うん、今そばにいる」

「そう?話はしてみた?」

「いや…、まだ…時間がかかりそうだから」

「そう?」

「桐藤さん、今日は体の具合が悪くて保健室に行く。後で仕事があったら電話をして」

「……せっ」


 と、電話を切ってしまった。

 もっと話がしたかったけど、これ以上ここにいたら気絶してしまう。桐藤さんに噛まれて、目眩がするとは死んでも言えないよな。彼女のお腹がいっぱいになるほど、吸われていたから…俺の体がかなり弱まっていたんだ。


 とにかく心底まで近づくのは後にする。


「せ、先輩?」

「あ、篠原…。ごめん、なんか体の具合が悪くて…保健室に行く」

「だ、大丈夫ですか?」

「心配すんな、ただの目眩だから…」

「はい…」

「あ、そうだ。俺さ、篠原のことが必要だから…連絡先を教えてあげる」

「はい…」

「生徒会に戻ってほしい、よく考えてみて…」

「はい…」


 そして屋上の扉を開ける時、俺は篠原に最後の一言を残した。


「あのさ、篠原。生徒会のみんなは君を信じてるから」

「……」

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