ゼノの不安
辺りは火の海といってよかった。ゼノは自らの召喚精霊ノーマの土魔法で、自身の呼吸を保っていた。横を見ると孫娘のエイミーが召喚霊獣のピピの土魔法で守られているのを見てホッと息をする。左前方に注意を向ければ、テイマーのバートが契約霊獣のポーの風魔法で守られている事に安心した。
ゼノが今回トロアの街におもむいたのは、いつもと変わらない霊獣の保護のはずだった。ゼノと志しを共にする仲間からの情報で、トランド国の城下町から三日くらい歩いて着くトロアという街の豪商が金にあかせて霊獣を捕らえてコレクションしている事を知ったのだ。
ゼノは孫娘のエイミーとテイマーのバートと共に、バートの契約霊獣ポーに大きくなってもらい、その背に乗ってトロアの街に到着した。街で聞き込みをすると、その豪商ザランは膨大な資金力で霊獣を捕らえているらしい。ゼノたちは、霊獣を解放してもらう話し合いのため豪商ザランの屋敷におもむいたのだ。
豪商ザランは想像に反して、卑屈で虚弱な男だった。ゼノたちを二階の客間に通し、ソファを進めてくれた。自身も豪華なイスに腰掛ける。豪商ザランはオドオドと話し出した。
「ゼノさんとおっしゃったか、どのようなご用件でしょう?」
ザランの質問にはゼノの横に座るバートが代わって答えた。
「ザラン殿、貴方はトロアの冒険者協会で霊獣を捕獲する依頼をしているな。そして数頭の霊獣を使役しているはずだ。このトランド国の法律で、霊獣の望まない契約は違反だという事は周知でしょう?即刻霊獣との契約を解除して、霊獣たちを解放してもらいたい」
バートの高圧的な態度に、ザランはブルブルと震えている。ゼノは小さくため息をついた。バートはとても優秀で真面目な青年だが、とにかく頭が固い。これは悪だと決めたら徹底的に攻撃してしまうのだ。バートにはもっと柔軟な思考を持ってほしいと常々思っている。仕方なくゼノはザランに助け舟を出した。
「すまんのぉザラン殿。このバートは霊獣の事となると周りが見えなくなる性格での」
ゼノの穏やかな口調に安心したのか、ザランは相づちを打つ。
「ええ、霊獣は素晴らしい。まさに美の化身です。つかぬ事をうかがいますが、あなた方は召喚士なのですか?」
ゼノはバートとエイミーに目配せした。そして苦笑してから素早く呪文を唱え、盟友である精霊ノーマを呼び出した。バートも契約霊獣であるポーを呼び出し、エイミーも自身の膝の上に霊獣ピピを召喚した。すると、それまでオドオドとした態度だったザランがひょう変した。ザランは震える声でつぶやいた。
「おお、鳥にうさぎの霊獣。何て美しいんだ。それに精霊までいるではないか。欲しい、欲しい。霊獣と精霊が欲しい。貴様らわしによこせ!」
弱々しかったザランの声色が怒気をおびはじめた。そしてザランの様相が見る見る変化していったのだ。顔が毛だらけで猿のようになり、メリメリと豪華な服が破れ、身体は虎のようになり、しっぽは蛇になっていた。
孫娘のエイミーがキャアッと悲鳴を上げた。ゼノはザランの変貌に心当たりがあった。魔物との契約。人間が強い欲望を持って魔物と契約すると、ものすごい魔力を得られるのだ。自身の命と引き換えにして。豪商ザランは霊獣を欲するあまり魔物との契約という欲望に屈してしまったのだ。
ザランだった怪物は、ゼノたちと距離を隔てるテーブルに飛び上がると、ヒョウッヒョウッと気味の悪い鳴き声を発した。ゼノは危険を察知し、ノーマと叫んだ。盟友は、わかっとるわい。と、土魔法を発動した。
ノーマは土魔法でザランとの間に巨大なツタの壁を作ると、別なツタを出して壁に大きな穴を開けた。そしてツタで優しく、エイミーとピピ、バートとポーを包むと屋敷の外に出した。そしてゼノとノーマも屋敷から脱出した。地上に降り立つと、それまでゼノたちがいた客間に強烈な稲光りが発現した。その稲光りはノーマの土魔法のツタをやすやすと焼きつくすと、二階からひらりとザランが降りてきた。
エイミーが震えながらゼノに聞く。
「おじいちゃん、あの化け物何?」
ゼノは心配そうに孫娘を見た。孫娘のエイミーは祖母に似て女丈夫で、契約霊獣ピピと二人で十人の盗賊とも平然と戦う事ができる。だが初めて見る、魔物と契約してしまった人間の成れの果てにはさすがに恐怖を感じているのだろう。エイミーの側にいるバートは心配そうにエイミーを見るが、バート自身も緊張しているのが見てとれる。ゼノは深呼吸すると大声で言った。
「案ずるでない!この任務はいつもと同じ霊獣の保護じゃ!このザランを叩けばいずれ契約霊獣を呼ぶじゃろう。わしらはその霊獣たちを助ければそれで良い!」
エイミーとバートは引きつった顔でうなずく。ピピとポーは心配そうに契約者を見ていた。ゼノは自身の肩に乗った精霊ノーマとうなずきあった。
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