女勇者ヴィヴィアン

 アスランたちは東をひたすら目指して足を進めた。アスランはエルナンデス子爵を殺めた事を乗り越えなければならなかった。エルナンデス子爵はアスランと同じ剣の求道者で、分かり合える人だった。それなのにアスランは彼を殺してしまったのだ。


 メリッサはアスランが元気がない事を心配してしきりに声をかけてくれた。アスランは心配ないと言ってメリッサに笑いかけるが、はたしてちゃんと笑えているのだろうか。嬉しさと申し訳なさが入り混じった気持ちになり、ひょいと視線を変えると、グリフが鋭い視線でにらんでいる。アスランは我知らずため息をもらした。


 近寄るなバケモノ!


 この言葉を投げつけられたのは、アスランが五歳の時だった。アスランは血まみれの剣を握って震えていた。目の前の男は全身血だらけで、アスランが心配して近づこうとした時に言われたのだ。


 アスランは真剣を握る時、いつもこの光景が脳裏に現れるのだ。模擬刀を持つ時はいい、対戦相手を殺さなくていいのだ。だが一度真剣を握れば、アスランは目の前の相手を傷つけるか、もしくは命を奪わなければいけない事もあるのだ。


 この冒険で、この先アスランは何人の人間の命を殺めるのだろうか。アスランが暗たんたる気持ちで歩いていると、上空から高らかな笑い声が聞こえた。その声は高くキンキンとして、女性である事がうかがえた。アスランはかの相手が誰であるかに思いいたり、苦虫を噛み潰したような表情で視線を空に向けた。はたしてアスランの予測は当たった。上空で偉そうに仁王立ちしている女性が高らかに叫んだ。


「相変わらずチンタラとドンくさいな弟よ!」


 やはり予想した通り、アスランの大嫌いな姉ヴイヴィアン・カルヴィンだった。アスランは盛大に嫌な顔をした。となりにいたメリッサが彼女が誰か質問する。アスランは不承不承説明した。


「僕の姉、ヴイヴィアンだ。姉は勇者の称号を二つ獲得している。だけどある国の王からは、依頼はこなしたがあまりの残忍なやり方に嫌悪して勇者の称号を授与されなかった事もあるんだ」


 アスランが苦々しく姉の紹介をしていると、グリフがヒュウッと口笛を吹いて言った。


「すげぇ美人じゃねぇか!」

「僕の姉さんが美人だって?!魔人の間違いだろう」


 アスランがブツブツ言っていると、姉のヴイヴィアンが大声で叫んだ。


「何をグチャグチャ言っている。私がワザワザ会いに来てやったのだ、アスラン手合わせだ」


 アスランはため息をついた。姉は一度言い出したら絶対に意見を曲げないのだ。ヴイヴィアンは風魔法でゆっくりとアスランたちの元にやって来た。そしてアスランの側にいるアポロンに気づいて言った。


「おおアポロン、まだ生きていたのか?お前もしぶといなぁ」

『お姉さん、お久しぶりです』


 アスランは渋面を作って姉に言う。


「姉さん、僕のアポロンを侮辱しないでくれるかい?」

「侮辱ではない、私はアポロンをねぎらったのだぞ?アスランお前は本当にひねくれた男だな。やはりカマ野郎だな」

「僕はカマ野郎じゃない!」

「お前はまごう事なきカマ野郎じゃないか。小さい頃ドレスを着てたくせに」

「あれは姉さんがドレスを着ないから、母さんが代わりに僕に着せてたんじゃないか!」


 アスランは姉の言葉にことごとく腹が立った。だが小さい頃から力でも言葉でも姉に勝つ事はできないのだ。アスランは大きなため息をついてから、メリッサたち全員をおおう風防御ドームを作った。そしてメリッサたちに申し訳なさそうに言った。


「皆、あまり用をなさないと思うが耳をふさいでいてくれないか?」


 メリッサたちは要領を得ない顔をしたが、アスランの指示に従ってくれた。アスランは特殊な周波数を出す魔法を発動した。キィーーンと鋭い音がする。この周波数は動物たちが嫌ってこの場から避難するために出すものだ。横目でメリッサたちを見ていると、耳をふさぎながら顔をしかめていた。


 アスランと姉が手合わせすればこの辺り一面破壊されてしまう。アスランはここに住む小さな動物たちが死ぬ事を望まなかった。アスランはしばらく周波数の魔法を続けてから、辺りを見回して大きな防御ドームを作った。これでアスランと姉をおおい、できるだけ辺りの被害を最小限にするためだ。ヴイヴィアンは顔をしかめて弟に言った。


「アスラン、私の行動範囲を狭めて勝機を得ようとは何とこしゃくな」

「それは違うよ姉さん、姉さんは自分自身が大規模災害である事を自覚してほしいね」


 アスランの言葉にヴイヴィアンは美しい顔を歪め、そしてふべつの笑みを浮かべて言った。


「負け犬はよく吠えるというのもな」


 そう言ってヴイヴィアンは、強力な攻撃魔法をアスランに投げつけた。アスランは自分の背後にメリッサたちのいる防御ドームがあるので、避ける事はせず、強力な防御魔法で姉の攻撃魔法を回避した。アスランは姉に声を張り上げて言った。


「姉さん!下では皆が危ない。上に行こう!」


 アスランはそう言うと、風魔法で上空に駆け上がって行っていった。ヴイヴィアンもそれに続く。ヴイヴィアンは腰の剣を抜き構えた。アスランもそれに習う。


 ヴイヴィアンはすぐさまアスランに斬りかかる、アスランは剣で一刀を受けた。ヴイヴィアンはニヤリと笑って、剣から右手を離すと、アスランに近距離で攻撃魔法を放った。アスランの脇腹から血がほとばしる。アスランは瞬時に治癒魔法でケガを治した。アスランは小さな風魔法をヴイヴィアンの腹に打ち付けた。ヴイヴィアンが空中に吹き飛ばされる。ヴイヴィアンは体勢を立て直すと、笑いながら言った。


「アスラン相変わらず甘っちょろい戦い方だな!」


 ヴイヴィアンは沢山の球体の攻撃魔法を作り出した。そしてその攻撃魔法が一斉にアスランに襲いかかる。アスランは地上にいるメリッサたちの事を気にして、自分の身体に防御魔法を施して、攻撃魔法の球体を蹴り上げた。ヴイヴィアンの攻撃魔法は防御ドームの天井に当たって、モクモクとした煙がアスランの視界を奪った。


 その煙の中から、ヴイヴィアンが飛び出してきた。アスランは対応に一拍遅れた。その隙をついてヴイヴィアンが容赦のない剣を打ち込んでくる。アスランは姉の剣を受けながら不思議な気持ちになっていた。姉と戦って今まで一度も勝てた事がないのに、今回は姉の太刀筋がよく見えるのだ。


 アスランは姉の剣を受けながら実感した。自分は姉より強くなったのだ。小さい頃から一度も勝てなくて憎たらしかった姉よりも。だがアスランがヴイヴィアンを見ると、彼女は笑っていた。もっと悔しがってくれればアスランの積年の溜飲も下がるのに。これではまるでアスランを鍛えるために姉のヴイヴィアンはアスランに辛く当たっていたようではないか。


 アスランは剣を握る手に力を入れると、ヴイヴィアンに斬りかかった。アスランの猛攻に、ヴイヴィアンが押され気味になる。アスランは剣に力を込めて振り下ろした。ヴイヴィアンは自身の剣でその太刀を受けるが、耐えきれず地上に落下し始めた。アスランが心配しながら見ていると、姉のヴイヴィアンは地上ギリギリで体勢を立て直し無事に地上に着地した。アスランも地上に降り立つ。アスランが姉にもの問いたげな視線を向けた。ヴイヴィアンはニヤリとアスランに笑って言った。


「アスラン、少しはマシになったな。私はトランド国王の依頼を受けたのだ。アスランがあまりにもチンタラ旅をしているので私に声がかかったのだ。私は先に東の果てに行っているぞ!ではさらばだ」


 ヴイヴィアンはそれだけ言うと、ものすごい勢いで走り出した。西へ。


 アスランはため息をつきながら大きな防御ドームと、メリッサたちの防御ドームを解除した。メリッサたちがアスランの元へやってくる。グリフが眉間にしわを寄せながら言った。


「なぁ彼女、トランド国王の依頼で東に行くんじゃないのか?」


 アスランは大きなため息をつきながら答えた。


「姉さんには多くの欠点があるけど、最大の欠点は方向音痴な事なんだ」



 


 




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