東の森の盗賊
アスランたちは翌朝ポンパの町を出発した。見送りをしてくれた食堂の店主から、東の森に行くならば盗賊に注意するようにとの注意を受けた。ここ最近から東の森で悪さをしているというのだ。この盗賊たちもトランド国王の言う、トランド国をおびやかす者たちなのだろうか。アスランは一人思考をめぐらせる。
アスランの後ろでは新しい旅の仲間が、メリッサにくだらない話をしては笑わせていた。アスランははっきりいってグリフという男が嫌いだ。だが昨夜のグリフの身の上を聞いて、アスランは強く非難する事ができなくなった。グリフは我が子を病で亡くしているのだ。幼い我が子を亡くす気持ちとはいかばかりだろうか。独り身のアスランには想像もつかなかった。アスランがもの思いにふけっていると、後ろの方で声がした。グリフがアスランを呼んでいた。
「おーい、さっきから呼んでんだろ?黙って何考えてたんだ?きっとヤラシイ事だろう。やーいムッツリスケベ!そろそろ休憩しようぜ。メリッサを休ませてやれ」
前言撤回、グリフはやはり嫌な奴だ。アスランが怒りの表情で後ろを振り向くと、グリフはちゃっかりメリッサと手をつないでいた。アスランの怒りが頂点に達した。アスランは怒りのままにグリフに言う。
「メリッサに触るな、その手を離せ!」
グリフは心底アスランを見下しながら言った。
「お前が悪いんだろ?スタスタ先に行っちまうから。メリッサが転びそうになっちまったじゃないか」
アスランはハッとした。アスランはいつもだったらメリッサの横を歩いて、メリッサの歩幅に合わせていたのに、今は考えに没頭していてメリッサの事を考えていなかった。アスランはメリッサに詫びた。メリッサは大丈夫よ 、と言ってから心配そうにアスランに聞いた。
「アスラン、大丈夫?」
アスランは自分が心底情けなくなった。グリフの事にばかり気を取られ、メリッサの事を考えられなかった。メリッサは配慮の足らないアスランをただただ心配してくれているのだ。どちらが年上なのかわからない。アスランが落ち込んでいると、前方の道の林からガサリと音がした。アスランが振り向くと、そこにはガラの悪い男が六人立っていた。目の前の小柄な男が言う。
「随分と金目のなさそうな奴らだなぁ」
この男たちがポンパの食堂の主人が言っていた盗賊だろうか。小柄の男のとなりにいたひょろ長い男が言う。
「おい、娘がいるぞ。男たちを殺して娘をさらおう」
アスランはため息をついた。盗賊の考える事は皆同じだ。メリッサが標的にされている、まずはメリッサを守らなければ。アスランが背中にさした剣を引き抜いて構える。目の前の六人の盗賊たちも剣を構えた。アスランの肩にとまっていた小さな白馬のアポロンが言った。
『アスラン、気をつけろ。こいつら何かおかしい。嫌な感じがする』
アポロンの要領を得ない言葉に、アスランは首をかしげて言った。
「どういう意味だい、アポロン?」
『あの盗賊団の一番後ろにいる奴だ。その人間から禍々しい気配を感じる』
アスランの後ろにいるグリフが叫んだ。
「アスラン!後ろの男、とんでもない魔力だ!気をつけろ」
グリフの忠告をアスランは素直に聞く事ができなかった。アスランは大声で言い返した。
「僕に口出しするな!こいつらはメリッサを狙っている。メリッサを守るぞ」
アスランはそう言うとメリッサの周りに風魔法の防御ドームを作った。アスランがメリッサに言う。
「メリッサ、すぐ終わらせるからそこにいてくれ」
メリッサはアスランを見て不安そうにうなずいた。ティグリスは大きな虎になり、グラキエースも前に出た。アスランの肩にとまっていたアポロンも、元の大きな白馬に戻る。アスランたちの目の前にいる盗賊たちがざわつき出した。無理もないだろう。男二人、娘一人の旅人たちだと思っていたのに、馬と虎の霊獣にドラゴンがいては不安にもなるだろう。
小柄な盗賊は、後ろを振り向いて、親分と声をかけた。後ろの方にいたがっちりした男が、男たちの間をかき分けて前に出てきた。どうやらこの男がこの盗賊団の親分らしい。身体はがっちりしているが、アスランと身長もたいして変わらない。アスランが注意しながら剣を構える。するとアスランのとなりにいるアポロンが鋭く言った。
『アスラン!こいつだ』
アポロンの言葉と共に親分と言われた男の身体が変貌した。男の目がザクロの実のように赤くなったかと思うと、男の両腕が増えた。その増えた腕が黒い刃のような形になり、縦横無尽にアスランたちに襲いかかった。アスランは、その鞭のような刃を一太刀で斬り落とした。斬り落とされ刃は消えて無くなったが、アスランが斬り落とした部分の黒い刃は瞬時に修復された。
アスランは我知らずチィッと舌打ちした。親分の男が操る鞭の刃は、白馬のアポロンやティグリス、グラキエースににも襲いかかる。アポロンは風魔法で、ティグリスは炎魔法で、グラキエースは氷魔法で鞭の刃を攻撃したが、またもや瞬時に修復されるのでらちがあかない。もはや本体である親分を攻撃しなければいけない。
だがアスランはその時になってちゅうちょした。あの親分と呼ばれた男は何者なのだろうか。魔法使いにしてはおかしな魔法だ。アポロンが言っていた嫌な感じのする人間、この禍々しい魔力は今やアスランにも感じる事ができた。この男は魔物なのだろうか、もしそうならばアスランは剣で斬る事をいとわない。だがもし人間だったならば、アスランは人を殺す事になる。アスランが考え込んでいると、グリフの声がした。
「アスラン!風の防御ドームを解除しろ!メリッサが!!」
メリッサと聞いてアスランが慌てて後ろを振り向いた。驚いた事に親分の男の鞭の刃が、アスランが作った防御ドームの下、地面から侵入してメリッサに巻きついていたのだ。アスランは慌てて防御ドームを解除した。鞭の刃に巻きつかれたメリッサはどんどん上空まで持ち上げられていく。首には鞭が巻きついて危険な状態だ。
グリフが強い攻撃魔法を、地面から伸びている鞭の刃に向けて放つ。鞭の刃の一部が弾け飛んだ。鞭の刃の力が弱まると、上空にいたメリッサは投げ出される。すかさずグリフが抱きとめる。メリッサは激しく咳き込んでいるがどうやら無事のようだ。アスランはホッと息をはいた。アスランがグリフの顔を何気なく見ると、グリフが泣き出しそうな顔で笑っていた。いつもの人をくったような皮肉な笑顔ではなく、娘の無事を知って安堵した父親の顔だった。
アスランが安心したのもつかの間、鞭の刃を操っていた親分の男が口から強い攻撃魔法を放った。その先はグリフとメリッサだ。アスランが慌てて防御魔法を発動させようとするが、攻撃魔法の速度が速すぎて間に合わない。グリフもメリッサを抱いているので初動が遅れている。グリフはメリッサを抱き込んで背中を向けた。自身を盾にしてメリッサを守ろうとしているのだろう。アスランは言葉にならない事を大声で叫んだ。
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